Red



あーやさまリクエスト


11月のある日、ナースステーションでは何やら話に花が咲いていた。

「そうねぇ、あそこなんかいいんじゃない?」
「じゃあさ、誰が車出す?」

そこへやって来た琴子。
午後勤務で陽気に挨拶をする。

「お疲れ様でーす」

そんな挨拶にも円卓上の話はやまない。

「ねえ、何?何話してるの?」

興味津々で首を突っ込む琴子。

「紅葉のライトアップを見に行くのよ。ほら、今日は土曜日でしょう。半日勤務で終わるナースみんなで行こうって」
「え、えー、あたしも行きたい!」
「琴子はこれから仕事で来られるわけないでしょう。それに入江さん以外の人ゲットしてどうすんのよ」

そう言われてしまうと何も言えず、楽しそうに計画を立てる皆の背をうらめしそうに見つめるばかり。
と、そこへ運悪く(?)現れた直樹。

「入江くん、あたしも紅葉見に行きたい!」

ナースステーションへ入った瞬間に琴子にそう叫ばれて、直樹は一瞬そのまま回れ右をして他の病棟に行こうかと思った。

「…家のもみじでも見ておけよ」
「えー、それじゃ、つまんない。ライトアップされたところを二人で見て回って、それから…」
「とうもろこし食べて、たこ焼き食べて?」
「そうそう。………って、誰もそんなこと言ってないじゃない!」
「でも、食べるんだろ」
「お腹は空くでしょ」
「紅葉なんて見なくても屋台があれば満足なんだろ」
「でも、でも、入江くんと二人で行きたいの」
「無理」
「なんでっ」
「術後の患者抱えてそんな渋滞しそうなところ行けない」

きっぱり直樹に言われて、琴子は半泣きになりながら仕事を始める羽目に。
そんな様子を見ながらこっそりため息をつく直樹。


 * * *


仕事も終わりになり、琴子は消灯も過ぎた廊下を歩いていく。
のどが渇いていることに気づいて、自動販売機を求めて売店近くの階下へと降りていった。
そこでコーヒーを一つ買って、今度は更衣室へと向かう。
途中の廊下は外来に当たり、完全に消灯している。
非常口の明かりだけがぼんやりと緑に光っている。
怖がりで鳥目の琴子にとって、この廊下はとても怖い。怖いが、近道になるのでびくびくしながら通る。
この時間には誰も通らない。
通らないはずなのに、角を曲がった途端に人とぶつかった。
ありえない偶然。
思わず声をあげそうになって、口をふさがれる。

「バカ、静かにしろ」

聞きなれた声に口をふさがれたまま叫んだ。

「ひりへふん」

あまりのうれしさに、尻尾があったら絶対にちぎれんばかりに振られているに違いない。

「…なんでここに?」
「…お前と一緒の理由」

手に持ったコーヒーに視線を向ける。

「あ、じゃあ、一緒に飲もう」

うん、とも、いいよ、とも何も言っていないが、自動販売機へ向かう直樹の後を琴子はついてきた。
琴子と同じように自動販売機でコーヒーを買った直樹は、そのまま無言でまた歩き出す。

「どこ行くの?」

それにも答えず外来の中を進み、外科外来の扉の鍵を開ける。

「書類を忘れたんで取りに来たんだよ」
「そうなんだ」

チャラっと鍵の音を立てて中へと入る。

「入れよ」
「え、いいの?」
「コーヒー飲むくらい、いいだろ」

そういって中に入った直樹の後について、外来の中へ入る。
直樹がつけた明かりのまぶしさに一瞬目がくらむ。
やがてその明かりにも慣れてよく見ると、机の上の小さな明かりだった。
診察室の机の上にきちんと置かれているライト。
その横に束ねてある何かの書類。

「…これだ」

確かめてから、直樹はコーヒーの缶の口を開けた。
診察室の机に少し腰掛けるようにして飲み始めたので、琴子もそれにならって缶の口を開ける。
そして、その向かいにある診察用のベッドに腰掛ける。

「ふふっ。なんだか、静かで不思議」

琴子は直樹の顔を見て笑う。

「そうだな」

明かりに照らされたお互いの顔を見ていると、こんなところでコーヒーを飲んでいるのが、不思議な背徳感があった。

「昼間はここで診察してるのよね。まるで密会してるみたい」

琴子は自分で言った言葉にほんのり頬を染めている。

飲み終わったコーヒーの缶を後ろに置いて、直樹はため息をついた。
この後まだこの書類を仕上げなくてはならない。
琴子は家に帰るが、自分は帰れないことにもどかしく感じる。
いっそのこと書類を持って家に帰ろうか。

「入江くん」

それなのにそんな直樹の心を揺さぶるように、この雰囲気に飲まれてキスをねだっている琴子の顔。

だめだ、だめだ。
今キスをしたら、止まりそうにない。

直樹が理性を総動員して歯止めをかけているというのに、琴子は構わず直樹の白衣の裾を握った。
直樹の腕に触れる。

…敗北。

計算なしで陥落させる、ある意味最強の女。
直樹の理性などなかったかのように、キスをねだる唇を求めて琴子を抱き寄せた。

「ん、ん、ちょ、っと、いり、え、く…んんんん」

あまりにも長いキスに戸惑って、琴子がストップをかける。
その腕を直樹は片手で握って封じ込める。

内心では琴子を責める。
お前が悪いんだぞ。
忙しくて何も考えられない頭に、キスをねだるから。

すでに片手はナース服のボタンに手がかかっている。
開けられたすき間から手が差し入れられ、琴子の胸に手が伸びる。
控えめな胸に手が触れられ、琴子は思わず足元がふらついた。

直樹は診察机に腰掛けているが、琴子は立ったまま直樹の手によって素肌をさらされている。
もちろん全部ボタンをはずしたわけではないので、さらされているのは胸だけ。
それもいつの間にブラジャーが上に押し上げられて、スリップの肩紐がずらされている。
最初は抵抗していた両腕も、結局直樹のするがまま。
所詮直樹のすることに抗えないのだ。

自分の胸元で動く直樹の頭を思わず抱きしめるようにして何とか立っている琴子。
そのうち直樹の手は下のほうに伸ばされて、スカートの裾から大腿を撫で上げられた。

「は…あん」

ため息とも吐息とも取れるような声を漏らし、足が震えるのを止められないでいた。
撫で上げられた手は、敏感な部分に達している。

指の侵入を阻むストッキングを徐々に引き摺り下ろし、やっと素肌に触れた手は容赦がない。
脱がされかけたストッキングが足にまとわりついて、琴子は自由に身動きが取れなかった。
それは逆に琴子の足を広げるのもままならず、閉じられた足の狭間の奥深くに指が進入するのを拒んだ。
それでも琴子の吐く息は徐々に熱を帯び、すでに下着はしっとりと濡れていた。

その下着の隙間から強引に指を差し入れ、ようやく暖かく湿った蜜の下へ。
直樹の指は潤った辺り一面を捉え、敏感な芽を刺激する。

「ああ…あっ…んん」

泣きそうな声で琴子が喘ぎだす。
何でこんなことになったんだろう。
直樹に与えられる快感に酔いながら、琴子はぼんやりと照らし出された診察室を見渡した。
どうしよう、誰か来たら。
それでも自分からあふれ出す声が止められない。
どうしよう、声が聞かれたら。
でも、もうそんなことはどうでもいい気がした。
何も、考えられなくなってしまったから。

下着を下ろし、さらに指を奥へと沈ませる。
蜜壷の中を掻き回し、その水音に満足して、琴子の奥へと直樹は侵入していった。
驚くほどの潤いに、やがて我慢できなくなり、潤った中へと直樹が入っていく。

「ああっ」

琴子は立ったまま直樹を受け入れた。
脱がしきれないストッキングが邪魔をする。
場所が場所なだけに、妙な緊張がさらに二人を刺激した。
懸命に声を抑えようと試みるが、琴子の声はあふれ出す。
誰の足音もしないが、代わりに誰の声も聞こえない。
二人の息遣いと触れ合う音が診察室に響いた。

琴子は首を振って直樹にもたれかかる。
立っていられず、その身体を直樹が支えた。
そして、琴子のあふれる声を唇でふさぐ。
だから、最後の悲鳴も直樹の唇でせき止められた。

ことが済んでから、足腰が立たなくなった琴子の身体を診察ベッドの上に横たえた。
ナースシューズは診察室の隅まで転がっており、白衣は乱れ、ストッキングはいつの間にか伝線。
ナースキャップは曲がり、髪の毛はほつれ、さすがの直樹も少しばかりその惨状に苦笑せざるを得なかった。

「もう、入江くんたら…」

そう少しばかりむくれても、先ほどまで我を忘れるほど自分を煽った声を漏らしていたのは誰なんだと直樹は意地悪な顔で見返した。

もちろん琴子は顔を真っ赤にしながらうつむく。
黙って自分の衣服を直し、ナースシューズを拾い、身だしなみを整える。
間違っても途中で会った誰かに気づかれたくはない。
こんな場所で身体を重ねたことがわかれば明日一番の噂に決まっている。
あたふたと整えて、一刻も早く戻ろうと直樹を促す。
ただ、戻りたいのにまだうまく歩けない。
焦って顔は赤くなったり、青くなったり。
それを笑って見守る直樹。

紅葉なんか見に行かなくても、こうまで見事に色付く花があれば十分だと直樹は思う。
もちろん今日はライトアップもあったしな、と。
もちろんそんなことは誰にも言えないが。


Red−Fin−(2006/11/12)