靴下の中の…
1 琴子
「ねえ、明日、クリスマスツリー出すの」
そう言っても、入江くんは「ふうん」とだけ言った。
入江くんにとってクリスマスってどんな日なんだろう?
あたしは、確か小学生になるまでサンタクロースを信じてた。
サンタクロースがいないと知ったとき、残念だったけど、代わりにとても幸せな思いを受け取った。
決して豊かではなかった暮らしの中で、お父さんがプレゼントを用意してくれていたこと。
それは豪華なおもちゃではなかったけど、お父さんの精一杯の想いが届けられていたこと。
大きなツリーは買えなくて、商店街の福引でもらった小さなツリーだったけど、クリスマスも1ヶ月前になると押入れの奥から引っ張り出していた。
あたしが初めて入江家にお世話になった年のクリスマス間近に、その話をしたらお義母さんははりきって大きなツリーを買ってくれたのだ。
クリスマスツリーを飾るのはとても好き。
キラキラピカピカとまぶしい飾りを飾っていくと、子どもの頃のワクワクした気持ちに戻ってしまう。
入江くんは、飾ったことないのだと言う。
クリスマスなんて、もともと日本になかった習慣を便乗してお祭り騒ぎしてるだけだ、といつもの調子で言ってのけた。
それはそうだけど、やっぱりクリスマスって素敵なイベントよね。
初めてあげたクリスマスのプレゼントは、今も引き出しの中に大事に(?)しまってあるらしい。
あの低周波治療器、散々けなされたけど、入江くんてば実はこっそり試してみたらしいこと、あたしは知ってるの。
結婚してから見つけたときに、使った形跡があったもの。
いつか言ってみようと思うのだけど、そのたびに忘れてしまって言ったことはないんだけど。
それから、入江くんがわざわざあまり好きでもないケーキを買ってきてくれた3回目のクリスマス。
二人でいるだけで、すごく楽しかった。
入江くんは何も言わないけど、あの時あげた時計、今も大事にしてくれてるのがうれしい。
結婚する前も、結婚してからも、あたしにとってどれも素敵なクリスマスであることに間違いはないんだけど、入江くんにとっても素敵な思い出であってほしい。
2 直樹
琴子はイベントがかなり好きらしい。
毎年何かとクリスマスプレゼントを欠かさない。
もちろんおふくろも。
クリスマスまであと1ヶ月もあるというのに、ツリーを飾るらしく朝から騒がしい。
機嫌よくツリーを飾りながら、思いついたように言った。
「入江くん、小さい頃サンタクロースって、信じてた?」
そんな非科学的なもの、信じねーよ。
「…全然」
「…や、やっぱり」
「お前は信じてたんだろ?」
「うん、小学生の頃までね」
「何で気付いたんだ?」
思わずそう聞き返す。
「えーとね、お父さん、お店が忙しくてプレゼントが買えなかったことがあったの。
そうしたら、ツリーに飾った靴下の中にね、手紙が入ってたの。
…それが、すごく達筆で…。
友達に見せたら、サンタは外人のはずだから、そんな日本語書けるわけないとか言われちゃって」
「お義父さん、達筆だからな」
「うん。よく見たらお父さんの字だったし」
「で、なんて書いてあったんだ」
「あまり覚えてないんだけど…。今年はプレゼントが遅れるって書いてあったと思う」
お父さんが慌てた様子が目に浮かぶ。
そして、琴子の困惑ぶりも。
「プレゼントが遅れるとか、サンタがいなかったとか、そんなに悲しくなかったんだけど…」
ツリーの傍に座り込んだ琴子は、俺を見上げて微笑んだ。
「…その年は多分、お母さんが亡くなった年だと思うの。
そんな中でもお父さん必死に仕事して、あたしのプレゼントのことまで考えてくれたんだなーと思ったら、うれしくって」
「そうか」
「…それにね。サンタに本当にお願いしたものは絶対無理だってわかってたし」
「…お母さん、とか?」
「うん、そう!よくわかったね」
「まあな」
「だから、クリスマスの悲しい思い出ってないの。…でーきた」
琴子は満足そうにツリーを見上げる。
俺は箱の隅に残った最後の飾りを手に取った。
「忘れてるぞ」
ツリーの上に飾る一番大きな星。
琴子の背では多分届かない。
俺は星をツリーの一番上に乗っけた。
「ありがとう、入江くん」
頬を染めて琴子が言う。
「今年も靴下ぶら下げるのか?」
からかうつもりでそう言ったら、琴子は首を振った。
「一番欲しいものは、もうもらったからいいの。
欲張ればもっともっとほしいけど」
ふふふと楽しそうに笑う。
そしてもう一度俺を見上げて言った。
「入江くんとのクリスマスの思い出」
正直、そのものずばり『俺』、とでも言うかと思っていた。
「あ、あとね、入江くんとクリスマスツリーを飾ること。
だからね、もう、いいの」
琴子には、俺といつも一緒にいたいとか、俺とやりたいことは山のようにあるらしい。
それでも、願い事はいつもささやかで、叶えようと思えば出来ないことはない。
あまりにも俺に関することばかりで、いつも俺のほうがうっとおしがるだけで。
「今年も下げとけば?」
「え?靴下?」
「サンタが来るかもしれないし」
「そ、そうかな」
俺はにやっと笑って付け足した。
「ああ、良い子しかもらえないんだっけ、プレゼント」
「失礼ね、子どもじゃないわよ!」
「じゃあ、無理だな」
「えーーー!」
琴子は何やらぶつぶつとつぶやいている。
毎年、同じような光景。
ツリーが飾られたリビング。
俺と裕樹の関心がなかったばかりに、いつの間にかやらなくなったクリスマスパーティ。
琴子が来てからの数年、これほど騒がしいクリスマスは勘弁してくれと思った。
それなのに、いつの間にか、琴子のいないクリスマスが物足りないと思うなんて。
3 琴子
ツリーを飾り終わって一息つくと、入江くんはぼんやりとツリーの飾りを見ていた。
「本当に靴下ぶらさげておこうかな?」
入江くんにそう言ったら、子どもじゃないならこれ以上何をもらうつもりだ?だって。
「だって…」
来年も入江くんとこうしてクリスマスを楽しめるなら、何にだってお願いしたいよ。
そう言えば、お正月には初詣でお願いして、七夕で星に祈って、誕生日に祈りをこめて…。
いつだって入江くんと一緒にいたいから、あたしはずっとそう願うに違いない。
今年のクリスマス、もしかしたらあたしも入江くんも仕事かもしれないし。
入江くんはそっと後ろからあたしを抱きしめて、耳元でささやいた。
「お前の願い事なんて、どうせ靴下に入らないだろう?」
な、なんで、それを…!
あたしはあせって振り向くと、入江くんは意地悪そうに笑ってあたしに優しくキスをした。
ねえ、入江くん。
今年も、来年も、その次も、ずっと、入江くんとクリスマスを過ごしたいよ。
靴下の中に入りきらない想いを入江くんは笑うかもしれないけど。
入江くんにそのままぎゅっと抱きつきながら、つぶやく。
入江くん、大好き…。
靴下の中の幸せは、全部、入江くんがくれたもの。
(2004/11/22)