ビリー編その3
彼は密かにそれを実行することにした。
決して太りすぎてはいないが、ややぽっちゃり系であることは確かだ。
兄はスマートで筋肉質。
どう見ても彼の体質はあの父に似ている。
彼女はかわいらしく言った。
「うん、琴子先生に教えてもらってやってみたんだけど、全然動けないの。本当はもう少しだけやせたくって」
彼女もどちらかと言うとぽっちゃり系ではある。
しかしそれはそれでかわいらしいと実は思っているのだが、頼まれてもそんなことは口にできない。
彼は見栄を張った。
「ふ…、好美じゃ無理だろうな」
そんなことを言った手前、彼は密かにあれを実行してみせなければならなくなったのだった。
皆が寝静まった夜、運よく兄夫婦は夜勤で不在。
実行するなら今夜だと思った彼は、リビングで密かに行動。
DVDをセットして現れた外人を前に独り言を言う。
「だいたいこんなのに夢中になる気が知れないよな。割れた腹筋を自慢げに見せるなんて、ボディビルダーと何が違うんだよ」
軽快なリズムに合わせて外人はしゃべりだす。
5分経過。
ふん、こんなものか。
10分経過。
…何でこの外人はずっとしゃべってるんだ?
15分経過。
…いつ終わるんだ?
20分経過。
…琴子の…記録…は…抜いた…ぞ…。
25分経過。
…………あ、足が…。
27分で脱落。
……………………。
「すごい、ちゃんとやってるんだ〜」
尊敬のまなざしで彼を見つめる彼女。
「…別に、そこまで真剣にやってないよ」
「うん、でも、やっぱり裕樹君は何でもできるんだね〜」
筋肉痛の身体を押し隠し、彼はそ知らぬ顔で歩き続ける。
「あ、ジュース飲もうっと」
「そんなの飲んでるからやせないんだぜ」
「えへへ。もう、いいの。だって裕樹君がそのままでいいって言ってくれたし」
「あ、あれはっ、その、身長と体重のバランスが…」
言い訳を口にしだす彼の隣で、ちゃりんと小銭を彼女が不意に落とした。
「あ」
彼はすかさずさっと…。
ピキッ。
拾おうとした彼の身体のどこかが悲鳴を上げた。
それをひたすら誤魔化して、何とか小銭を拾う。
「ありがとう」
彼女の前ではいい格好をしたいお年頃。
頭の中では今後も続けるべきかどうか葛藤が続く。
何よりも彼はまだ『ヴィクトリーーー!』を見ていなかった。
その頃家では。
数日前の彼と同じように嘆息して家族を見ている兄がいようとは、まだ知るよしもなかった。
そして医療従事者であるにもかかわらず、あの運動を持続しなければ永久的に効果が続かないことに気づいているのかいないのか、斗南大病院内でのブームはまだ続くのであったとさ。
おまけに彼がその後『ヴィクトリーーー!』を見たかどうか、定かではない。
…が、もしかしたらちょっとだけ…、風呂場での鏡に見とれているかもしれない。
彼の兄があのDVDを試したかどうかはやはり知らないが、兄嫁が何やら兄に吹き込まれた言葉に顔を赤くしていたことは見なかったことにしようと思った。
(2007/07/13)→up(2007/08/03)