ボーイズトーク1
周りは随分と勝手なことをほざいている、とA組きっての秀才入江直樹は思っていた。
斗南高校の中でもバカの巣窟、F組に属している相原琴子との同居がばれた後の話である。
先日とはいえ少し日が遡るが、震度2で相原家自宅崩壊というありえないことが起こったために、ホテル住まいでは不便だろうと親同士が親友だったこともあり呼び寄せたのだという。
同じ学校とはいえ、A組とF組だ。しかも直樹はA組から外れたこともないし、同じく相原もF組の枠から出たことはないのだ。
誰だ、それ、という感想だけで余分なことは考えるのはやめた。
所詮F組で、少しの間の居候ということだったので、関わり合いにならなければ大丈夫だと思っていたのだ。
なのに、やけに張りきった両親、とりわけ母のはしゃぎようは凄かった。
もしかして兄弟そのものなんかどうでもいいのかと思わされるほど、女の子の相原に夢中になった。
直樹の母は女の子が欲しくて仕方がなかったからだ。
それは直樹の幼少の頃の封印された黒歴史にも表れている。
短期間の同居から、気が付くと九月も半ば既に過ぎ、このままずるずると同居が続きそうな気配だった。
ずっと隠し通すつもりでいたのに、ひょんなことから同居はばれた。
もちろん相原でさえ自分から宣伝したわけではないが、お守りだと直樹の母から渡された二人一緒の自宅での勉強風景写真(しかも深夜居眠りバージョン)ときては、言い訳もむなしい。
それを大々的に校内に貼られてしまったのだ。
F組というのは後先も考えないバカの集まりだというのを実感した直樹だった。
それからというもの、勉強に忙しいA組と言えど、噂には事欠かない。
何せA組とF組の組み合わせの珍しさに加え、相原が一世一代の決心を持って告白した相手が直樹だったのだ。
いらないの一言で済ませたその告白の後の地震崩壊事件に加え、注目度抜群の二人だ。
注目するな、噂するなというのも無理な話だろう。
そして、A組と言えどお年頃の連中だ。
勉強ばかりのA組だが、それなりに女子にも関心はある。むしろもてない言い訳に勉強を使うだけであって、誰もがかわいい彼女がいたらと思うことはあるのだろう。
相原が世間一般の基準でかわいいかどうかはともかく、同じ年の女が同居となればあれこれ想像することもあるのだろう。
くだらないの一言で退けた直樹とて、同じ十七歳。
何も感じない鉄面皮男と評判であっても、もしかしたらとか、万が一とかいう話もあるかもしれないと皆が期待しているのだ。
「それで真実はどうなの」
渡辺は遠慮がちにそれでもはっきりと聞いた。
入江がA組の中で比較的よく話をするのは渡辺くらいのものなので(ほかの人間は怖がってあまり近づかない)、皆に聞けと言われたようだった。
「くだらない」
「そうか、やっぱり漫画の中の話だよな」
「渡辺だから言うが、あいつは結構平気で風呂上がりにうろうろしてるぞ」
「お風呂上り…」
渡辺はそれだけで何か想像したのか心持ち赤くなっている。
「宿題やっていないからって夜中に忍び込んでくるし」
「…忍び込んで…」
入江はペラペラと平気でしゃべっているが、それを聞いている渡辺は想像以上だと顔を赤らめて、とうとう黙り込んだ。
「どうした」
「…いや、それで平気なおまえがやっぱりすごいよ」
「そうか?興味のない奴のどんな姿見たって気にならないだろ」
「そうかな…うーん、どうだろう」
そう言って渡辺は考え込んだまま返事をしなくなったので、入江は首を傾げて授業の始まりを迎えたのだった。
後日渡辺は皆に聞かれてこう答えたという。
「うん、入江はどうやら襲われても全く平気みたいだよ」
「お、襲われてもって、女にか」
「興味のない女の子が裸で立っていても見もしないんじゃないかな」
「むしろ見飽きているとか」
「どうだろう。逆じゃないかな」
「どうせ入江なんて選り取り見取りだろうけどさ」
「選り取り見取りだからこそ、興味が出た時が楽しみだよね。それが相原さんだったらもっと面白いけど、可能性は高いよね」
「ああ、やっぱり…」
「やっぱりって、そうか、相原さんはかわいいよね」
「まあ、バカだけどな」
「今までのパターンだと、少なくとも入江があそこまで構うとは思えないんだけどさ」
「…そうだよなぁ。入江だって男だしな」
少なくともA組男子の間では、入江の興味のある相手イコール相原という図式が出来上がったのだった。
(2015/05/10)