ボーイズトーク10




意外だった。
相原琴子の料理がうまい。
合宿に参加したテニス部部員たちは、相原一人に料理を任せる須藤先輩の横暴さにはちょっと同情したが、それを遮ってまで料理をするほど好きなわけではないし、ましてやどちらかというと作れない面々の方が多い。
だいたいどれだけのやつらが家で二十人を越える人数の料理を作れるって言うんだ。
そりゃ皆で協力すればできるのかもしれないが、頼まれたのは相原だ。
須藤さんの横暴さは、テニスにおいても天才な入江直樹とダブルスを組ませるにあたって、相原を上達させないための策なのだから、横やりを入れればこっちにとばっちりが来る。
相原には悪いが、ここは相原に頑張ってもらうしかなかった。
相原の不器用さを考えれば、食事に期待はしていなかった。むしろ食べられるのか、と思っていたし。
そう言えば相原の実家は料理屋だと言う噂も聞いたことがある。
食堂で働きだした池沢とかいう男の就職先でもあるらしい。
ということは、父直伝の料理の腕を持っていてもおかしくはないわけか。
それを見越して須藤先輩は相原を食事係に指名したのかもしれない。

「意外なうまさだったよな」
「ああ。入江のやつ、むすっとしたまま食ってたけど、あいついつも食ってるからきっと感動も何もないんだな」
「相原とは何もないって思ってたけど、案外ありなのかもな」
「そりゃ男は胃袋つかまれれば弱いしな」
「あれだけ料理上手けりゃ、ちょっと相原と付き合ってもいい気がしてきた」
「でも入江のやつ、あの後の相原のしごき、すごかったな」
「ああ。あれじゃ、たいていのやつは逃げ帰るぜ」
「ま、そこは相原だから」
「ダブルスで羨ましがってた女ども、あれ見て組まなくてよかった〜とか言ってたぜ」
「へ〜。でもみんなで料理とかもちょっと期待してたんだけどな」
「お、この機会にって?」
「そうでもなきゃ合宿なんてお楽しみないだろ」
「そうだよな〜」

 * * *

合宿も残すところあとわずか。
合宿の部員たちに悲劇が訪れた。
というより、今まで悲劇が訪れなかったのがただの幸運だったのだということに皆が気が付いた。

「何だ、こりゃ」
「ま、まずい」
「うえ、焦げてるばかりで食べるところねーじゃねーか」

目の前に出された料理は、今までの料理とは似ても似つかない悲惨なものだった。
炒めが甘い、味付けが変、魚は焦げてて炭状態。唯一まともなのはご飯だけ(ま、炊飯器だから。これだけでもまともで助かった)。
どうしたんだ、相原。
今までのあの料理の数々は!と皆が思ったところで真相がわかった。
なんと、今までの料理は全部、入江が作っていたのだという。
入江…頭もテニスの才能も顔もいいだけなく、料理の腕まで超一級品だとは。
詫びる相原には目もくれず、入江は無言だった。
この雰囲気に耐えられなかったのか、松本さんの誘いにあっさり出ていった。
松本さんの呼び出しとはこれいかに。

「え、あの二人できてるの?」
「松本さんじゃかなわないわ」
「でも料理手伝った相原さんは?」

そんな会話を女子が繰り広げていた頃、そそくさと同じように出ていった二人がいた。
なんと、須藤さんと相原だ。

「え、あの二人もできてる?」
「須藤さんって、松本さん狙いじゃなくって?」
「相原もターゲット?」
「女ならだれでもいいのか」
「どういう両天秤だよ」
「いや、須藤さん相手にされてないし」
「どうでもいいけど、どうすんだよ、今夜の夕食!」
「そもそもやっぱり相原一人じゃ無理だったんだよ」
「これだけの人数だもんな」
「俺だったら無理だわ」
「あら、わたしたちにだって一人じゃ無理よ」
「だよな」
「ちょっとかわいそうだったか、相原」
「でも、これはねーだろ」

目の前には焦げ付いた魚と味付けの変な野菜に火の通っていない炒め物。

「魚はともかく、野菜炒めはもうちょっと工夫して味を調えて炒め直せば食べられるかもよ」
「おう、それじゃやってくれ」
「何言ってるのよ!入江くんだって料理できるんだから、あんたたちだって手伝いなさいよ」
「そうよ。あたしたちだけやれなんて女性差別よ」
「わかった、わかったから」
「ほら、そっち全部回収して」
「…はい」

というわけで、入江と松本さん、須藤さんと相原が出ていった後の食堂では、女子の指導の元、皆で夕食の作り直しが始まった。
ちょっと妄想してた通りに望み通りと言っちゃ望み通りなんだが、妄想の中では「○○君のために作ったの(ハート)」ってのを期待していたわけだ。
現実は…。

「ちょっとー、何で塩入れんのよ!」
「俺、塩辛い方が好きなんだけど」
「入れすぎでしょ!」
「こんな薄味じゃ」
「信じられない。あんたとは絶対付き合えない」
「俺だって好みの味付け作れない女なんて願い下げだね」
「誰もあんたと付き合うなんて言ってない。それに女だけが食事作れなんていう男、こっちから願い下げだわ」
「そうよねー、入江くんなんて料理まで完璧なのに」
「入江と比べるなよ」
「あったりまえじゃない。入江くんとなんて比べ物にもなんないわよ」

出ていった四人は気になるが、それどころではない合宿の夜だった。

(2016/02/21)