ボーイズトーク11




食堂で騒いでいる元同級生の姿に学生たちがざわめいた。
あのF組の奇跡から唯一斗南大に進学せずに板前修業をしていて、昼間は何故か学食でバイトしている金之助という男。
どうやらあの相原琴子を好きだったらしい。
とは言うものの、相原は高校の頃からあの入江直樹にゾッコンだったのだから、金之助は片想い確定だ。
その金之助が今日は食堂で嘆きながら学食を給仕していた。しかも仕事がひどい…。

「あ、あんな入江のヤローにく、唇を奪われおって〜!琴子〜!」

相原の姿を見た途端に喚きだした。

「うおー!いやや〜!琴子〜!」
「ちょ、ちょっとやめてよ、金ちゃんったら」

相原は慌てて止めようとするが、食堂中に響いた声はちょっとやそっとでは消せなかった。
誰もがその内容に興味津々だ。と同時に、なんだそれだけかという気持ちもなくはない。

「今さら入江と相原がキスしてたって聞いてもなぁ」
「というか、まだそこまで?」
「あれ?夜這いしたんじゃなかったっけ?」
「キスくらいじゃな〜」
「いやいや、あの入江がキス、だと思えばそれもすごいことなのかもよ」
「え?別れたって言う話は?」
「入江のやりまくり伝説は?」

いろいろな情報が交錯して、どれが正しいのか誰も知らない。
ただ、少なくとも入江と相原がキスしていたらしいのは事実だ。

「どちらから?」
「相原からとか?」
「家で襲ってとか?」
「だけど別れてたんだろ」
「襲ったから別れたとか」
「どっちが?」

今日も相原は理工学部にのぞきに来た。
ということは、別れてないってことか?
ところが入江をのぞいた後、相原はひげの男といちゃついている。
えらく老けた先輩だ。…ひげのせいか。
結局入江は諦めてそのひげの先輩に乗り換えたってことか?
じゃあ、キスっていつの話なんだ。
一方入江は、松本にあからさまに誘われても返事は素っ気ない。

「女に興味ねぇの?松本に惚れられてるのわかってるのに?」

入江は俺たちの疑問なんてどこ吹く風。

「で、本当に相原とキスしたの?」

一番聞きたかったことをずばり聞いたやつがいたけど、入江はふんとばかりに明らかにバカにした目で俺たちを見ると、何も言わずに去っていった。

「してないって言わなかったよな、あいつ」
「今までの入江なら、してないならしてないって否定するよな」
「ああ、否定するな」
「ということは」

結局キスはしたんだ。
しかも入江の様子からすると、したのは入江からだったに違いない。
もちろんそれももしかしたら入江のちょっとした興味とか、科学的分析がどうとか、そういう学問的な話だったり、もしくはやりまくり伝説が本当で、キスなんて日常茶飯事の出来事なのかもしれないが。
少なくとも相原からされたのなら、もっと噂は尾ひれがついているだろう。
おまけにあれは事故だったとか、あいつが、とか言い訳がましいことすらなかった。
入江ならそんなこと言わないか?
いいや、あいつは理不尽なことがあったらとことん追求するし、間違ったことは言わない。

「まあ、キスくらいでいちいちがたがた言うもんじゃないよな」
「付き合っただの別れただのなんて、よくある話だしな」
「入江の恋愛事情なんて、よくある話じゃないか」
「そうだよな」

俺たちはそう結論付けた。
ところがその数日後、今度は入江と松本さんがデートするという話がテニス部の連中からもたらされた。
え?どういうこと?
天才入江もただの男だったってことか。
それとも相原とは違う女を味わってみたくなったとか?

「それもおいしいよなぁ」
「うらやましいなぁ」
「美男美女って嫌味だな」
「でもオレ、松本さんをスマートにエスコートする自信ないわ」
「ああ、松本さんて結構お金持ちのお嬢さんだしな」
「その点入江も社長の息子だしな」
「ああ、趣味合いそう」
「少なくとも相原よりは」
「相原は…本当にあのひげ男と付き合いだしたのか?」
「…フリーになったと思ったのに」
「え?」

聞かなかったことにしよう、うん。
俺たちが一向に彼女ができないのは、とりあえず保留だ。

(2016/04/25)