ボーイズトーク13




俺たちは今、目の前の光景に信じられない思いで見ていた。
「あの入江が」
「入江が…文句も言わず」
「お好み焼き焼くのもうまいなぁ」
「いや、何だよ、あの愛想のよさは」
「やればできるんじゃねーか」
「今までの仏頂面は何だったんだよ」
そんな感想を口にしながら、入江が器用にお好み焼きをひっくり返すのを見ていた。

 * * *

大学祭が華々しく開催された。
テニス部は、お好み焼き屋をやることになり、その過程でもひともめあったのだが、全員一致(この場合入江の意見は入っていない)で入江はお好み焼きを焼く係になった。あの合宿の料理を見たやつなら当然の結果だ。
入江は抗議しようとしたが、須藤さんのごり押しに負けた。
というわけで、当日は嫌々ながらもちゃんと入江は来た。エプロンをつけられてもイケメンはイケメンだ。むしろイケメン度アップ?
いざ準備になっても、皆入江に気をとられて進まない。
「入江く〜ん、これ、あたしできなぁい」
「ねえ、生地ってこれでいいのぉ?」
そんな甘ったるい猫なで声に嫌気がさしたのか、入江は皆を調理場からどかせると、猛烈な勢いでキャベツを千切りにした。
「す、すごい!」
「あれはもうプロね…」
数多の声もものともせず、入江は次々に生地を完成させた。
もうすでに甘えていた声すらも出ない。
あたし料理得意なのよね〜と言っていた女子ですら、口を開けたまま手が止まっている始末。
そりゃそうだろう、これだけ目の前で手際のよいさまを見せつけられたら、自分たちの料理できるできないアピールなんて片腹痛いってなもんだ。

いざ開店したら、とんでもないことになった。
噂が噂を呼ぶのか、次から次へと女子学生が押しかけて来た。
それでも入江は動じない。
次から次へとただひたすらお好み焼きを焼きまくる。
しかも、俺たちが驚いたのは、入江の客のさばき具合だった。
「入江くん、あたし二枚ね」
「はい」
「入江くん、そのエプロン姿似合ってる」
「どうも」
「お好み焼きとってもおいしかったから、また買いに来ちゃった」
「ありがとう」
なんだよ、ちゃんと接客できるじゃねーか。
あまりの人気ぶりに混乱しだしたので、須藤さんはすかさず列を作らせ「はい、こちらが最後尾ですよ〜」と商売に余念がない。
相原が接客に入っても、その列は変わらない。
おまけに相原との仲を聞かれてもさらっとかわす。
「ねえ、相原さんと付き合ってるの?」
「さあね」
「相原さんのどこがいいの?」
「別に」
「相原さんにはもったいなぁい」
「そう」
否定も肯定もしないので、実際に付き合ってるのかどうかよくわからない。
挙句の果てに「みんなミスコンに選ばれるんじゃない」と愛想笑いまでしやがった。
キャ―と甲高い声が上がる。
「…いや、いつもと変わらないんじゃないか。相原さえ絡まなければ」とか言っていたやつも、さすがにこれには驚いたようだ。
須藤さんもこれはもうかるとほくほくしている。
「いやー、おまえもてるなぁ。口まで達者とはね」
「そうですか」
「おー気色悪」
確かに須藤さんの言葉はわかる気がする。何か魂胆があるんじゃないかとまで思えてしまう。
「いったい入江に何が」
「さあ、もしかしたらあれの反動じゃないか」
「あれって?」
「…コトリン」
「…なるほど」
入江の心境に変化があったとすれば、ラケット戦士コトリンしかあるまい、という結論に至った。
そう言っているうちに今度はオタクたちの列ができ始めた。
「なんだ、なんだ」
やつらは次々と相原に群がり始めた。
「写真一緒に撮ってください」
「コトリン、ここにサインを」
そう言って勝手に記念撮影まで始めた。
なるほど、アニメ部のせいかとわかった。
他の客の迷惑になるかと思ったところで、須藤さんはまたもや「ラケット戦士コトリンがこの店にいますよー。さあ、いらっしゃい、いらっしゃい」と宣伝を始めた。
相原のやめてくださいという声すら届かない。
部費のためなら何でもやるな、あの人。
「悪いな、相原。部費のためだ」
もちろん俺たちも須藤さんに逆らういわれはない。
次々と訪れるオタクと入江に群がる女子学生とで、大盛況なテニス部だ。
このまま黒字か、と思ったところで落とし穴があった。
入江と相原が交代して休憩に行ってしまった後のことだ。
一時間のはずが、二時間たっても戻ってこない。
「どこかに二人でしけこんでるのか」
「オタクに囲まれた相原にやきもち妬いたとか」
「で、相原は女子学生に囲まれて愛想のよかった入江にやきもちを妬いて?」
そんな軽口をたたいていたのもつかの間、店にはだんだんと人が来なくなり、出てくるお好み焼きのまずさに文句が出始め、何故か隣で出店していた食堂の金ちゃんのお好み焼き屋(多分入江に対抗したものと思われる)に人が流れてしまった。
ましてやその金ちゃんすらいなくなると、ほとんど客が入らなくなった。
須藤さんは青筋立てて怒っている。
「入江―!相原ー!どこに行ったんだー!誰か連れ戻してこーい!」
恐れをなして捜しに行ったやつも帰ってこなくなった。
まあ、客もいないから、それほど人手には困らないんだが。
「あいつらはどうなってんだー!」
それをなだめるべく、皆は松本さんに目を向けた。
もうここは松本さんしかいない。
実際松本さん目当てに客はちょこちょこと入っている。ただし、お好み焼きがまずいので人は少ない。
松本さんは一つため息をつくと言った。
「須藤さん、何ならあたしが入江くんを捜してきましょうか」
「え?いや、いいんだよ、松本。君までいなくなったら、困るからね」
一瞬でデレデレとおとなしくなった。
見ていて情けなくなるほどだ。
「あら、そうですか」
多分、本音を言えば松本さんは本気で入江を捜しに行きたかったんだと思う。当番も抜けられて、相原の邪魔をして、入江と一緒に学祭を回れるからね。
この時、入江と相原が当番をさぼって何をしていたのかは、捜しに行ったやつが帰ってこないわけと一緒だったのだ。
でもその時の俺たちはそんなこと知らないので、ただひたすら須藤さんが怒鳴り散らさないように黙々と下手なお好み焼きを焼いていたりしたのだった。
一人くらい大阪出身とか広島出身のやつとかいないのかよ〜!という叫びを残して。

(2016/05/27)