ボーイズトーク16
久しぶりに東京に大雪が降った朝、大学なんて来たくなかったのに、朝から出席が必須の授業があって、しかもそれが単位取れないとまずいものだったので、休講にならないかという希望もむなしいまま、こうして大学に来たわけだが。
「見たか、あの張り紙」
「朝から誰が貼ったんだか」
「で、あの二人来たか?」
「さあ、俺まだ見てない」
「二人で朝寝とか」
「いや、あいつらも朝からの講義入ってるだろ」
「そんなの気にするか?」
「入江はわからんぞ。あいつ変わってるからな」
「二人で朝寝か〜」
「昨日の服と同じって、誰が書いたんだろうな、これ」
「ああ、あれだろ、これ」
「あれって、何だよ」
「ほら、あの入江のものすごく強烈なおふくろさん」
「ああー!あの人か」
「いやいや、おまえらよく考えてみろ。あの二人、ついにってことは、今までまったく?」
「この日のために一人暮らししたんじゃないのかよ」
「そういうことか」
「愛の一夜って…ぷっ」
「俺、母ちゃんにこんなのばれたら恥ずかしくて顔合わせらんねぇ」
「いやいや、きっと母ちゃんは、知っていても知らないふりで何でも知ってるんだぜ」
「やめてくれよぉ」
「あら、今日は石鹸の匂いが」
「あらあらあら、どこに行ってきたのかね、この子は、てな感じかな」
「だからやめてくれって。おまえらだって他人事じゃないだろ」
「いやあ、そもそもそんな機会は全く」
「入江も男だったか」
門の方からざわざわとした気配がやってきた。
どうやらあの二人がやってきたらしい。
ざわついた雰囲気に何かを察した様子の入江だったが、その隣には相原。
やはり張り紙の話が本当なのか、二人仲良く大学に来ている。ちなみに相原の服が昨日と同じかどうかは、相原の服装をしっかりと見たことがないので覚えていない。
「あ、入江と相原だ」
「お、来たぞ」
「ざわついてるな」
「そりゃそうだろ、噂の二人だ」
「あ、入江が気づいた」
入江も相原もようやく張り紙に気付いたが、二人とも青ざめて張り紙を見るばかりで、無言だ。
ようやく入江が「あのヤロー」と顔をしかめてつぶやいたくらいだ。
「よう、入江。張り紙、大変だな。で、本当か?」
「大雪で帰れなくなったから泊めただけだ」
「泊めただけ?」
それ以上のツッコミには答えなかったが、後ろにあのおふくろさんがいるのを見つけて文句を言っている。
あの格好でヒューヒューとか他の学生に交じってはやし立てようとしている。何でばれないって思うんだろうな、うん。あれは入江に同情するわ。
一方相原は、昨夜はどうだったかと聞かれて実は何もなかったと答えている。…バカ正直すぎる。
周りはなあんだと期待外れで去っていく。
少なくとも昨日は大雪で、何らかの理由で入江の家に行った相原が帰れなくなったので泊めた、というのが本当のようだが、入江の家に泊まったのは事実だ。
それなのに手を出していない入江って?
「あいつ、男じゃないな」
「いや、好みじゃないと手なんか出さないだろ」
「相原なら据え膳だろ、どう考えても」
「相原なら、まあな」
「俺だったら、少しくらい好みじゃなくても据え膳なら…」
「でも好きじゃない女に手を出すのって冒険だよな」
「でもそれがきっかけで付き合うことだってあるわけだし」
「付き合いたい女ならいいのかもしれないけどな」
「もしくは相原が大事だから手を出さなかったとか」
「そんなバカな」
「もしくは、入江の方の事情か」
「…起たなかったとか」
「うわあ、それは気まずい」
「初めてで失敗とかよくあるしな」
「初めてとかどうして決めつける」
「入江だから?」
「あいつが女と付き合ったことあるわけないだろ」
「俺らが知らないだけかもよ」
「入江なら何でもこなせそうとか俺思ってたよ」
「あっちも?」
「あっちも」
「うーん、どうなんだろうな」
「さあ、こればっかりは」
「選り取り見取りじゃなかったのか」
「そういう説もあるけどな」
「どちらにしても手を出してないのかよ」
「えー、もったいない」
「もったいない、のか?」
「もったいないだろ」
「おふくろさんの予想大外れってことだな」
「外れようが当たろうが、大きなお世話だ」
「そりゃそうだ。一夜を過ごしても、こんなふうに学内に貼られるようじゃ、躊躇するよな」
「俺でも我慢するかも」
「我慢するのかよ」
「案外、入江もそういう心境だったかもしれないよな」
「こう通知されちゃあな」
「どういう状況なら相原に手を出せるんだろうな」
「親公認なのはいいとして、結構きついよな」
「ああ、よかった、俺のおふくろ普通で」
「でも相原は嫁いびりなさそうだよな」
「ああ〜、そういう問題ね」
「そういうのはまだ早いだろ」
「どうでもいいけど、一時間目始まるぞ」
「うわあ、せっかく早く来たのに」
「急げっ」
「大雪が悪いんだよ」
「そうだ、雪のせいだ」
「入江のせいだよっ」
「入江のおふくろさんのせいだ〜」
こうして俺たちは誰ともなく自分たちの恵まれない状況を他人に責任転嫁するのだった。
(2016/10/31)