ボーイズトーク2
体育祭は入江直樹の満身創痍で終わった。
その時の騒動は、今をもって思い出したくない、と入江が言うので、A組の連中はあえて本人に突っ込まなかったが、どうしても気になることがある。
彼の不幸は相原琴子を気に入っているという母の存在で、あの強烈な横断幕は既に伝説になりつつある。
彼がああもひねくれているのは、彼の母のせいではないかとなんとなく察せられた。
あの強烈な母と仲良さそうな相原は、なるほど強者かもしれない。
そして、あれほどの罵倒を受けてもへこたれずに今も入江を好きでいるらしいとの噂には納得がいく。
正直顔も良くて姿もいいあの入江が口を開けばその辛辣さに諦める女子続出なのも納得だった。
それすらも問題にせずに付き合える(これはあくまで同居人として)相原という女は、案外すごいのかもしれないとA組の連中は気づき始めていた。
そして、その根性だけで突き進む姿は、ある意味ヒロイン然としていて、ちょっとばかりオタク系の男子には人気があった。
A組と言えば趣味は、インドア系でやや趣味としてはどうだろうという傾向の男子は結構な数いたのである。
最終的に口の悪いヒーローとくっつくのか、それとも今まで見守ってきていた顔はいまいちだがお人よしの男(これは同じF組の男を想定しているらしい)にほだされるのかといった興味具合だ。
「それで、結局入江は負ぶって保健室へ…ってことだったよな」
「入江が負ぶってやるなんて、ある意味珍しいものを見たな」
またもや渡辺はA組男子に捕まって質問攻めだ。
「不可抗力とはいえ、ぶつかってけがをさせたし、入江のお母さんが見ていたから、後でいろいろ言われるくらいならって連れていったみたいだよ」
「腕を引っ張り上げるだけでもよかったと思うけどな」
「それはほら、あれ以上注目されるのも嫌だったんだって」
「そうかぁ?負ぶって去る方がよほど注目だと思うけど」
「そういうところの羞恥心はあまりないんじゃないかなぁ。
どちらかと言うと、早くこの場を去りたいとか、けがをしてもたもたしている相原さんを促して歩くのも煩わしいって感じ?」
「あの入江が」
「そう、あの入江が」
「今までなら絶対にふんとかいう態度だよな」
「もしくはよくも俺の前をふさいだなとか」
「いや、その手の文句は多分間違いなく言ってると思うけど」
「ちょっと待ておまえら。考えてもみろよ。百メートルですら本気出さなかった入江が、何で混合リレーに限って本気出したんだ?」
渡辺があっさり答えた。
「挑発されたらしいよ。ほら、あのF組の池沢君に」
「だからと言って入江が本気出すとはな」
「相原を取られるとかなんとか何か危機感を持ったとか?」
「入江はあれで結構負けず嫌いだから」
渡辺がしれっと言った。
まさか負けず嫌いと出るとは思わなかった面々は、さすがに一番近くにいるだけあるなと思わず渡辺を尊敬の目で見てしまった。
そもそも今までの入江のどこの要素に負けず嫌いの面が出たことがあっただろうかと思い返してみても、全く思いつかないのだ。
そもそもそんな力を発揮しなくとも、学力は学年一位で、模試も全国一位。
スポーツをやらせても、さほど汗もかかずに適当に過ごしていたし、仕方なく付き合わされたテニスもあっさり関東大会優勝だった気がする、と。しかもその後面倒だからとどうしてもという試合以外は出ていないのだ。
どちらかというと面倒がりな面の方が目につくくらいなのだが、と。
「つまり、相原は好きじゃない(本人談)が、挑発されて奪われるのも腹が立つってやつじゃないか」
「どんだけ負けず嫌いだよ」
「入江はそんなやつだったか?」
「いや、相原が引き出したと考えてみろよ」
「おおー。なるほど」
かくして、入江の新たな面を引き出した女、相原はちょっとだけ見直されることになった。
そして、入江は実は負けず嫌いなのだという定説も確定したのだった。
(2015/05/11)