ボーイズトーク6
誰が言い出したのか。
「そう言えば、受験が終わった途端に告白とかよくやるよなー」
外を見ながら誰かが言った。
中庭には、C組女子がB組男子に告白をしているようだった。
「自分が告白されないからってひがむな、ひがむな」
「いいんだよ、大学行ったら可愛い彼女でも作るさ」
「その点入江は選り取り見取り」
周りを見渡せば、既に女子はいなかった。
そう言えば先ほど卒業後の打ち上げの場所の下見が…と言っていたかと、教室の中は男子しかいなかった。
「…おかずにも困らなさそうだし」
「おかずって…またそういう話?」
誰かが呆れたように笑う。
女子がいないからか、やはりそういう話になるのか。
その傍で片づけをして、今まさに帰ろうとする入江直樹の背中に勇気ある誰かが言った。
「入江はそういうこと…しなさそうだよな」
「そういうことって?」
うわ、反応した、と何人かが少しのけぞる。
いったい誰が入江に『おかず』と『そういうこと』を説明する気だ。
「おかずはちなみに何を…」
思わずその場にいた男子が固唾を呑んで入江の答えを待つ。
入江はつまらなさそうに振り返った。
「いらない」
「い、いらない?」
「たとえば本とか写真とかAVとかそういうたぐいのことをおかずと言うならば、そういうのはいらない」
一瞬『おかず』の意味を知らないんじゃないかと思った男子たちは少し安堵した。そういう話も通じたことに。
ということは、『そういうこと』もちゃんと通じているのか。
詳しく説明しなければならないとしたら拷問だった。安堵の息をついた。
「じゃあ、想像だけで…」
と言いかけた男子にぴしゃりと言った。
「ちなみに弟と相部屋」
「か、金持ちなのに?」
「琴子が同居してから場所がない」
「なるほど」
だから置いておけないのか、と納得しかかったとき、さらなる発言がきた。
「何で知らない女のああいうものを見て興奮できるのかわからない」
「わか…わからないと…」
これには何と答えたらいいのか。
知り合いならいいのか。
まさか相原…。
う…と言葉にならない。
誰もがスルーしているが、渡辺は少し前から気づいていた。
いつの間にか『琴子』呼びが当たり前になっている事実に。
あれはいつからだったろう、と渡辺は思い返す。
「興味ない」
相原もダメか?
ま、まさか、女がだめとか…。
思わずA組男子が後退る。
そして、何故か目線はいつも一緒にいる渡辺に。
別のことを考えていた渡辺は、一瞬遅れて気づいたその視線の意味に青ざめて、必死で首を振る。
「ないないないない」
いや、ありえないから。
渡辺の口はそう言っている。
他の誰も興味ないとか、興奮できないとか、ただの不感症か。まともな青少年じゃない。
もちろんエロネタ話に入江が素直にのってくるとは思っていない。
思っていないが、それでも、この答えはがっつり本音じゃないのか?
「じゃあな」
そう言ってにやりと笑って入江は帰っていった。
その後を渡辺がお小姓よろしくついていく。
いや、おまえら仲良すぎだろ、と誰かがツッコんだ。
「興味もないというならば、あいつの下半身はどうなってんだ。
相原のあんな姿やこんな姿も実は見てるんだろ?そうだろ?」
「い、いや、俺は知らねーよ」
「渡辺の話だとお風呂上りも夜這いも済ませてるって話じゃねーか」
「何だよ、そりゃ。そりゃAVも想像も何もいらねーだろ」
「実物だけか?実物オンリーなんだな?!」
「なんだよ、ちくしょー、結局リア充かよ」
「…とんでもない話だったね」
渡辺が思い出して笑う。
三年間同じクラスだった割に、そういう話を振られたのは、実は初めてじゃないのかと渡辺は入江に話を振った。
「余裕だな、あいつら」
「まあ、その場にいたのはほとんど進学先決めたやつばっかりだったし」
「ふうん」
入江は興味なさそうにしていたが、駅に着くと突然ぼそりと言った。
「弟と相部屋だからって、何が困るんだ?」
え?と渡辺が入江を見た。
「…何が困るって言うんだろうな。な?」
にやりと入江が笑って、渡辺は混乱した。
「じゃあな」
そのまま駅の中に吸い込まれるようにしていった入江を見送りながら、渡辺はより一層困惑した。
えーと、それはどういう意味で?
相部屋でもよろしくやっちゃうよっていう意味なのか。
全くそんなのやるわけないだろって意味なのか。
もしかして部屋なんか関係ないぜって意味なのか。
…正解は…どれ…?
より一層謎が深まった渡辺だった。
(2015/06/01)