ボーイズトーク7
「ああ、卒業か」
誰かのつぶやきは、きっと皆のつぶやきだろう。
卒業証書を手に持ち、それぞれが校門へと向かう。
バレンタインの時で思い知ったが、ここで誰かに声をかけられればラッキー。
でもたいていはボタンも全部つけたまま家に帰るのだ。
そして後に行われる謝恩会に出れば、高校生としての行事はすべて終了だ。
さすがの入江もこの謝恩会には出る様子だから、女子が最後のチャンスとばかりに張り切っている。
A組男子たちが入江を見れば、後輩に次々とアタックされ、そのたびに断っている様子が見られる。
そのまま斗南大に進むらしいから、先生方もうれしいやら残念やらといった感じだろう。
「あ、相原が」
「…ぶっ、この期に及んでボタンとか?」
「写真もねだったみたいだぞ」
「写真くらい持ってるんじゃないのか、同居してんだろ」
「ボタンなんてクリーニングのついでにもらっちまえばいいのに」
「卒業式にもらうことに意義があるんだろ」
「ボタンもらって何が嬉しいんだろうな」
「ブレザーのボタンって、少なくないか?」
「いや、そもそも第二ボタンとかって、学生服じゃないと意味がない」
「女子って、妙なことにこだわるよな」
「…しかも相原全部断られてやんの」
「どういうんだろうな、あれ」
「付き合ってんじゃないのか」
「いや、付き合ってはいないだろ」
「何なんだよ、あの二人」
「あ、入江のお母さんが」
「無理矢理入江を写真に付き合わせたぞ」
「卒業式でもすごかったもんな」
「ああ、あれはさすがに気の毒」
思わずぼーっと様子を見ていたA組男子たちだったが、大事なことにはっと気づく。
「そうだった。よくわからない二人に構ってる場合じゃないぞ」
「謝恩会」
「そろそろ待ち合わせの時間だろ」
そう言って、誰も声のかからないうちに謝恩会会場へと移動することにしたのだった。
謝恩会では、なんとあのF組と同じ会場だった。
担任の有難い含蓄の言葉を聞きながら、和気あいあいと謝恩会は進む。
そこで騒動を起こすのは、やっぱりF組の相原だった。
告白して即断られたことや、他にもいろいろ揶揄されて、相原は皆の前で屈辱の記憶とともに青ざめる。一応バカの相原でも入江とのことに関しては覚えているらしい。恋する乙女の驚異的な記憶力というところか。それくらいテスト内容も憶えていればよかったのに、とはいったい誰が言ったのか。
そして暴露される入江の秘密。さすがの同居人相原。
相原秘蔵の入江母にもらったらしい写真。
それは、ちらりと見ただけでもわかるくらいものすごくかわいらしい幼少時の女装(プッ)写真。
さすがの衝撃にあの入江ですら青筋立てて顔を真っ赤にし、相原を引き連れて会場を出ていった。
写真は素早い入江の手によって奪い取られ、じっくり見た者は皆無だ。非常に残念。
まるでモデルのような美少女だったのに。
それから…。
入江はなぜかさっさと帰り、相原は心ここに非ずという風情だった。
外で何があったのかは誰も知らない。
少なくとも入江が今度こそ本当に激怒して、相原に何か報復したのだろう、ということしか想像できない。いくらなんでも暴力はないだろうと思うが。
渡辺は帰っていく入江を見ながら、うっすらと笑いを浮かべた入江が不気味だと唸った。
A組男子たちにはそんな些細な違いは見分けられない。
何があったのか。
それはそれぞれが大学に入ってようやく落ち着いた頃、斗南に進んだ奴から聞かされることになった。
入江と相原が結婚したエピソードの一つとして。
何よりもそれが衝撃的で、謝恩会の陰であったことなんて、今更な〜と誰も驚かなかった。
その頃にはもっと数々のエピソードが転がっていたこともある。
それよりも、その話をあの頃に聞いていたならば、きっとA組では衝撃の噂だったろうにと思うと残念でならない。
そう、入江もやっぱり普通の男だったんだと、A組男子たちは思ったことだろう。
(2015/08/19)