ボーイズトーク8
理工学部に天才がいた。
その名は入江直樹。
T大に行くとばかり思っていたのに、T大の入試を蹴ってそのまま斗南大に入学した。
いや、斗南がレベル低いってわけじゃない。少なくとも理工学部は。
それを言ったらわざわざ斗南の理工学部を希望したやつにぼこぼこにされそうだ。
そして、他の高校からも秀才と名高いやつがいた。
船津誠一と松本裕子。
今年の斗南はどうしたんだ。
全国模試の一位から三位までを独占だぞ。
何故秀才かって?
入江直樹ほどの天才は他にいないと思われるからだ。
そういうわけで、今年の斗南の理工学部はとても賑やかだった。
「何というか、全国模試の一位から三位までのやつらが入学したお陰で理工学部の教授たちは小躍りしてたらしい」
「よく聞けば入江直樹を追いかけてきたとか言ってたけど」
「ああ、松本さんもなぁ…」
「船津はどうでもいいとして」
「逆にT大が超がっかりって感じだったらしい」
「入江直樹の追っかけもいるから、結構優秀な人材が斗南に流れたからな」
「何でT大に行かなかったんだろ」
「相原のせいとか」
「ああ、そういう噂だったけ」
「しかも相原、入学早々超浮かれてんのな」
「何かあったのか?」
「何にもないだろ」
「何もないな」
「うん、ないだろうな」
「あの入江相手だしな」
「ところで相原って誰?」
「ああ、おまえは他の高校だっけ」
「相原って女?」
「見ていればわかるよ」
「見ていればって?」
「そのうち現れるから」
「今日もそろそろ来るんじゃないのかな」
「入江の追っかけ?」
「追っかけというか…」
「まあ、追っかけには違いない」
「何だろう、入江公認追っかけって感じ?」
「付き合ってるとか?」
「そんなわけないじゃん」
「付き合ってたら追っかけとか言わないし」
「そうか。そうだよな」
「あ、来た」
「ほら、あれが相原」
理工学部の講義室をのぞき込んでいる女がいる。
「入江と一緒の家に同居してるんだけどさ、これがまた振られてもめげないっていうか、一緒に住んでるのに相手にされてないのわかってて、追いかけてる」
「げ、俺そういうやつ苦手」
「まあ、まあ、観てると面白いんだけどな」
「あ、入江が気づいた」
「あ、無視した」
「さすが入江だ」
「というか、結構かわいいのにもったいない」
「へー」
「結構いろいろ噂があったんだけどさ、観てるぶんには楽しいんだよ」
「観てるぶんにはな」
「そうそう。あれで相原にちょっかいかけると入江が無言で怒るんだよな」
「何だよ、それ」
「何だろう。結局相原が自分を追いかけてるのは構わないし、自分が無視する分には構わないんだけど、他のやつがちょっかいかけるのはダメ、みたいな」
「それって…」
「あー、それはっきり言うと怒るからやめておけ」
「あれ?入江ってもう夜這いしてたんじゃなかったっけ」
「渡辺の話か?あれマユツバだろ」
「ま、とにかく触らぬ相原と入江にたたりなし」
「面白いから観るだけにしておけよ」
「なんだかよくわからないけど」
「それでいいんだよ、それで」
まさかキスまで済ませてるとは、この時誰も知らなかったのだから言いたい放題。
結局入江と相原の少々ひねくれた関係性は誰も理解できぬまま、大学でも噂の的になっていくのだった。
(2016/01/28)