ボーイズトーク9




サークルやクラブの勧誘も落ち着いた五月、テニスコートでは怒号が響き渡っていた。

「相原〜!走れ〜!」

先輩の怒号の元、相原琴子がひーひー言いながら走っていた。

「知ってるか?相原のやつ、入江がテニス部に入ったから追いかけて入ったんだぜ」
「相原ならそれくらい当たり前だろ」
「サークルならともかく、ガチのクラブに入るか?」
「しかも入江ほとんど出てないのな」
「それを言うなら、松本さんもなんだろ」
「彼女は格が違うよ。高校で準優勝したとか」
「へ〜、美人で才女なだけじゃないのか」
「その同じ大会でテニス部で優勝した入江に目を付けたんだろ。しかも模試でも常に上にいるから実物知ってさらにびっくりって感じだったのかもな」
「あー、俺やっていけるかな、このクラブ」
「それは俺も…」
「須藤さんがあれじゃあなぁ」

「くおら〜、おまえら、誰が休んでいいって言った〜!」

「うおっ、やべっ」

「相原は腕立て二十回追加!」

「…気の毒に」
「ま、初心者らしいし、仕方ないかもな」

 * * *

「さすが根性あるよな、相原」

相も変わらずテニスコートでは鬼のようにしごく先輩の元、テニス部員たちが走りこんでいたが、初心者の相原はどうやらまたもや球拾いに駆り出されているらしい。

「そう言えば、この間食堂に相原がとうとう同居をやめて出ていったとか書いてあったっけ」
「ああ、あれか。どうなんだろうな」
「家の中で入江が手を出して、それがばれて、とかどうだ」
「いやー、それはないだろ」
「元々親公認じゃないのかよ」
「いや、案外父親は娘が目の前で手を出されるのを見るのは嫌なんじゃないか。まだ結婚したわけじゃないし」
「おまえ、娘でもできたのかよ」
「いや、うちのねーちゃんが…」
「ああ、結婚決まったんだってな」
「そうそう。だから、そういうのもありかなとか」
「別れさせられたって?いや、そもそも付き合ってたのか?あいつら」
「とうとう相原も愛想つかしたとか」
「今さら?」
「ほら、松本さんのようなライバルも出てきたし。勝ち目ないだろ、どう見ても」
「ま、俺も相原と松本さんだったら…」
「だよな」

テニスコートが不意にざわめく。

「おい、珍しいな、入江だぞ」
「あ、ほんとだ」

噂の入江直樹が久々にコートにやってきた。
まさに特別待遇なことを示すように、一年生にもかかわらず、他の先輩を差し置いてコートに入ることが許されているし、いつでも好きな時に来てもいい。
しかも大会もエントリーされるのだ。
それをうらやんで妬んでも、他の一年生も二年生以上の部員もどうすることもできない。
コートに入れば鬼のような須藤が認めているだけでなく、実力も確実に一番だろうと思われるからだ。
何せあの須藤の鬼畜のようなサーブを確実に返すのは、彼ただ一人。
その須藤さえ、入江には敵わない、というのを参加した初日に見せつけられたのだから。

「これで少し楽できるかもな」
「須藤さんは入江を目の敵にしてるからな、テニスに関しては」
「入江と…相原?!」
「おいおい、あの二人でダブルスって…」
「しかも相手は須藤さんと松本さんのコンビかよ。無理だろ」
「入江が慌ててるぜ」
「そりゃ慌てるだろ。どうやっても相原が足引っ張るだろうし」
「須藤先輩えげつないな」
「でも案外面白いかも」
「いっそ相原抜きで入江一人で対戦したほうが勝ち目あるかもよ」
「うわ〜、入江、勝負受けるんだ。聞いたことあるけど、ほんと案外負けず嫌いなんだな」
「テストも実は家で猛勉強してたりして?」
「そうだったら面白いのにな」

須藤の陰謀が、今まさに目の前のコートで繰り広げられている喜劇のような試合に凝縮されている。
まともなラリーさえ難しいようで、華麗に動くコートの反対側では、逃げる相原にその相原の後ろで球をフォローする入江という見慣れない光景が皆の関心と失笑を独占していた。

「…ひどい」
「うわっ、ぶつかった」
「いや、ちょっとこれは…いい気味どころか、ちょっと入江かわいそうになってきた」
「あんなに必死な入江初めて見たかも」
「いつも涼しい顔してるのにな」
「いっつも汗かかずに終わらせるやつが…」
「あ〜あ、ひでぇ」
「合宿か。入江を合宿に連れていくためだとよ」
「あ…ラケットが…」

今まさに相原のラケットが入江の顔面を捕らえたところでゲームセットとなった。
疲れ切った様子のコートの中で、須藤の鬼コーチよりも怖い形相で、入江が相原を怒鳴っていた。
どうやら入江が合宿に参加するのは決定らしい。
おまけに合宿でもダブルスを組まされるらしいときては、ちょっとだけ入江に同情したくなったテニス部部員たちであった。

(2016/02/20)