小ネタ劇場



ハーレクイン・ロマンス編


ある日、漫画の貸し借りをした琴子と幹。
「はぁ〜、これ素敵だった〜。ありがと、モトちゃん」
「でしょ、この御曹司、素敵でしょ〜」
そして二人で漫画の内容について語り合い、うっとりする。
もはや仕事そっちのけである。
もちろんキリのいいところで主任に怒られ業務に戻る二人であったが。

入江家、夫婦の恒例ベッドタイム。
相変わらず琴子が一方的に直樹に話しかけている。
「でね、入江くん、その御曹司がヒロインのひたむきさに気がつくのよ。それでね、今まで自分が見てきた世界とは違うヒロインとの生活が手放せなくなってプロポーズするの。本当に面白かったんだから!」
明日の症例検討で参考になるかと広げた医学書だったが、隣で熱く語るその内容に直樹は吹き出しそうになった。
「…そんな都合のいい話、そうそうあってたまるか」
「えー、でも、そういうのが面白いんじゃない」
「どこかの会社の御曹司で?」
「うん、うん」
「ヒロインと劇的に出会って?」
「そう、そう」
「何故か同居する羽目になり?」
「…そ、そうよ」
「突然プロポーズ?」
「そうなんだけど…あ、あれ?」
直樹はぶはっとたまらず吹き出した。
「まるっきりおまえだろ、それ」
琴子はたちまち赤くなり、自分の今までを振り返る。
「それよりもさらにドラマチックだよな」
「そ、そうかな」
「震度2で家が崩れて」
「そ、そんなこともあったわね」
「卒業式でキスされたのにザマアミロと言われて」
「あ、あれは…!」
「これでも一応社長の息子だし。ま、俺自身も時々忘れてるけど」
「そうよね、そうよ!あたしもハーレクインばりのヒロインじゃない」
「ロマンスがどうとか、そんなのどうでもいいけどな」
「えー、どうでもいいなんて」
直樹は医学書をパタンと閉じて、琴子の頬に手を添える。
「で、ハーレクインの最後はどうなるんだ?」
「…キッスしてプロポーズに答えるの」
「へー、なんて?」
「そりゃもちろん…イエスって…」
言葉が終わらないうちに、直樹は琴子に覆いかぶさるようにしてキスを繰り返した。
「もちろんこのままハーレクインのようにお終い、なんてことはないよな」
甘いささやきに小さく「イエス」と答えた琴子だった。

その頃幹は、琴子から返ってきたハーレクイン小説のコミックス版を手にため息をついていた。
「事実は小説よりも奇なり…ってとこかしらねぇ」
おバカでドジなヒロインが、片想いから始まって同居することになり、相手は社長の御曹司で、容姿端麗、頭脳明晰で、おまけに将来有望な外科医で、結局ヒロインにはまって結ばれるだなんて、と。
「あ〜、あたしも恋がしたいわ〜〜〜」
静かな夜に幹の叫びだけが響いていたとか。


(2009/07/01)