斗南戦隊ホスピタレンジャー14




ダイジャー部隊下っ端その1は、突然モリン様に命令をいただいた。

『御意見箱に定期的に現れる人物をマークせよ』
『その人物に接触し、御意見箱に何を書いて入れたのかそれとなく探れ』

この任務はダイジャーには関係ないだろうって?
いや、どうやらモリン様が引き受けてきた大幹部からの命令らしく、モリン様の部下である下っ端その1としては、ぜひともその命令を遂行せねばなるまい。
彼はそう決意してゼミの欠席を承知してもらうようにゼミ仲間に「やんごとなき所要でしばし欠席する」と告げたのだった。
ゼミ仲間は「イベントか?即売会か?」と失礼極まりないことを聞いてきたが、「今回は違う」と返事をすると「達者でな」と返された。
もうゼミに戻ってこられないようなそんな悪寒を覚えながら、下っ端その1は次の日から待合ロビーのソファの一席を占領することになった。
一応ゼミで使っている論文を広げ、油断なく御意見箱を見張る。
一日目は、どこかの子どもが落書きしたものを入れていた。…そこはごみ箱じゃない。
二日目は、帽子にサングラスの女性が立ち寄った。さらさらと書いて御意見箱に投入した。その手慣れた様子から、二日目にしてはや目的の人物を探し当てたかとうれしくなった。
三日目は、昨日の今日でさすがに目星をつけた女性は現れなかった。代わりに今にも倒れそうな高齢患者が何事かを書きつけている。でもそれを御意見箱に投入することもなく、自分のポケットに入れて持ち帰ってしまった。…メモ代わりか。
四日目、怒りに身を任せたかのような男性が乱暴に何かを書きつけて御意見箱に投入していった。これこそ何か苦情だろう。でも常連ではなさそうだった。
五日目、隣に黙って座った人物がいた。
「やあ、一人で任務を遂行するなんて、水臭いな」
それなりにイケメン爽やかな下っ端その2だった。
もちろん下っ端その1もイケメンではあるのだが、趣味嗜好によりどちらかというと鑑賞には耐えうるが、お付き合いには向かないという欠点があった。
「他の誰も頼まれなかったんだから仕方がない」
「じゃあ、僕も手伝うよ」
「いや、一人で…」
「でもそろそろここでずっと一人でいると不審者扱いされないかい?」
「う…そうかもしれないが手は借りたくない」
「まあまあ。今回は無報酬で付き合ってあげるよ」
「頼まれても報酬なんて出すつもりはない」
「うん、だから無報酬だって」
「ボランティアならもっと押しつけがましくなくできないのか」
「細かいことはいいじゃん。明日は代わってあげるよ」
「それは断る」
「じゃあ二人で見張るかい?」
「いや、俺は一人で見張るぞ」
「まあいいや。勝手に来るよ」
そう言って下っ端その2は六日目もやってきた。
同じようにゼミの論文を持ち、時折カムフラージュなのか話しかけてくる。主にゼミの内容だが、時にこの任務についての質問もあった。
つまり、御意見箱に何かしら不穏な意見を入れている者がいる、ということだ。
その内容を探るのは容易ではない。
その人物に話しかけても御意見箱の中にどんな意見を入れたのか、そんなことを明かすような人間はほとんどいないからだ。
そういているうちに八日目になった。
あの一瞬でこれだと思った人物がどれくらいの頻度で来るのか、当然知らないので張り込むしかない。もしも一度しか現れなかったとしたら、見当違いということでまた振出しに戻るのだ。
下っ端その1は気が長いほうだが、当てのない張り込みは少々心を萎えさせる。
もうすぐ秋のイベント時期だというのに、このままでは行けないまま終わってしまいそうだ。
下っ端その2は代わってあげるよと言いながら、朝一では来ない。
この御意見箱は外来棟の入口付近なので、入院患者とそのお見舞いでもない限り、御意見箱に御意見とやらを入れるのは午前の外来時間中だろうと予測をつけていた。
念のため、午後の特別外来の時間も張り込んでみたが、あまりにも人が少なすぎてかえって目立つ。
ロビーを午後に掃除するおばちゃんに聞けば、定期的に御意見箱に近づく人物がいればすぐにわかると言う。
いないとなればやはり外来に来る人物なのだと推測した。
そして、あの妙な格好は、患者ではないだろう、と。
お見舞いにしてはいつも同じ格好で素顔を見せないというのもますます怪しい。
となれば、外来を装っただけで、暇つぶしにでも来ているのかもしれない。
下っ端その1は、眠そうな下っ端その2にそう推理を告げたのだった。
九日目にして、下っ端その2はあくびをしつつ現れた。
一見爽やかイケメン、できる男風の下っ端その2だったが、意外にもかなり適当であることがわかった。
これで幹部を狙っているというのだから、ちゃんちゃらおかしい、と下っ端その1は鼻で笑った。
これだけの爽やかイケメン風なのに、適当すぎて彼女がいないこともなんとなくわかる気がした。
十日目の朝、いつものように最近の日課の外来ロビーへ向かおうとしたとき、おた友からの電話が鳴り響いた。ちなみに着信音は寡黙戦隊サイレンジャーだった。

『大変だ!幻のサイレンメカニックが売りに出されたぞ!』
「な、なに?!」

あの幻のサイレンメカニックが、だと!
ロビーに向けかけた足を、下っ端その1は苦渋の決断でその売りに出されたというイベント会場へと足を向けるべく踵を返したのだった。
振り向けば気づいたであろうその位置に、帽子にサングラスの女性が通りかかったのを知る由はなかった。
そして、その帽子にサングラスの女性を見た下っ端その2は、なんとなく見守っているうちに、最近の寝不足がたたったのかロビーの片隅で眠りこんでしまっていたので、御意見箱に投入したのかどうかすら知らずに過ぎてしまったという。

(2014/10/09)


初出:2014/10/09