斗南戦隊ホスピタレンジャー



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研究室なので、質の低い名刺でもパンダイの担当者、黒田はさして疑問にも思わなかった、
レジュメは割にしっかりしていたし、やってきた研究員は二人ともやけにイケメンだった。
案内する途中で二人を見かけた女子社員の目が釘付けになるほど。
そう、パンダイにやってきたのは二人だった。
まあ、交渉事なので、一人で来るのは勇気がいったのだろうと解釈した。
研究員であることは間違いないようだし、と。
一応斗南大学にも確かめてみた。
大蛇森ゼミというのは確かにあった。
斗南の出身であり、現在も医者をしている社長子息の方にも秘書を通して確認してみた。
社長子息は『大蛇森…ゼミ…ね。あまり深くは追及しない方がいいと思うけど』という忠告付きだったという。
どうやらは学内でもかなり特殊なゼミらしい。
そして、やってきた二人はそれぞれ「山本(仮)です」「佐藤(仮)です」と名乗って名刺を差し出した。
二人が口を濁して言うには、まだこの計画段階では、他に内緒なのだという。学内どころかゼミ内でも競争激しい昨今、研究内容を他に知られてしまうのは大打撃なので、今のところゼミの中でも担当者をのぞき内緒で進めているらしい。
なるほど、とうなずきながら、黒田は大丈夫かな、と不安がよぎった。
それでも二人の熱心な語り口調に引きずられ、パンダイ提供斗南大学脳神経学教室大蛇森ゼミ主案、巨大ロボット計画は始まったのだった。

 * * *

パンダイに行く直前、下っ端1がせっせとレジュメを揃えて準備をしていると、そこに下っ端2が現れて言った。
「おや、準備万端だね。ほら、僕も作ったよ、め・い・し」
そう言ってぺらりと見せたのは、下っ端1が作ったのと同じく、仮名による名刺だった。
「どういうつもりだ」
「一緒に行くつもりだよ」
「俺の計画が」
「いいじゃないか。どちらにしてもそのうち一人じゃ無理になるんだし。大丈夫、計画主任は君で構わないから、ね、山本(仮)くん」
下っ端は言葉に詰まり、下っ端2の名刺をひったくった。
「今日のところはおとなしくしていてくれよ、佐藤(仮)健二(仮)君」
「あ、さすが話が早い。了解、了解。それから、昨日、パンダイの方からか、本当に君が在籍しているかの電話があったから、ちゃんと山本(仮)は在籍しておりますと返事しておいたから」
思わずちっと舌打ちをしたくなるほどだった。
仕方がない、下っ端2を共同研究者として立ち会わせることになった。何せ仮名の名刺までちゃんと用意している辺り、他のやつとは比べ物にならないほど話がわかるのも本当だったからだ。
そして、下っ端その1が作ったレジュメをパラパラと早読みして言ったのは、「素晴らしい!やはり君は研究室に唯一残れるほどの優秀さだね」と手放しでほめたのだから、ちょっとだけ気分がよかった。
確かに、次々と変わる大蛇森ゼミの中で唯一残っているのは、下っ端1だけだった。そして、そのうち下っ端その2もその仲間に加わりそうな予感がしていた。
「この神経叢を…」
さらに嫌味なことに、急いで作ったとはいえ、先ほど手放しでほめたレジュメにいきなりダメ出しを加えたくらい、下っ端その2も十分優秀だったのだ。
こうして二人してパンダイに向かうことになったのだった。

 * * *

そんな二人に気付き、例の大事な如来像を磨きながらゼミの主役であるはずの教祖講師、大蛇森が尋ねた。
「で?それはこの先の研究に大きく貢献できるようなものなんでしょうね」
「それはもちろんです。これは、ホスピタレンジャーを完膚なきまでに叩きのめすことができるはずです。そして、壊滅したホスピタレンジャーを見捨て、レッドはモリン様のシモベに
「…期待していますよ。予算確保については、また後ほど」
「承知しました」
くだらない野望とは裏腹に、巨大ロボット計画は加速していく。
もしこれが実現可能となれば、日本中が、いや、世界中がこの研究に注目するだろう。もしかしたらもしかして、ノーベル賞も夢じゃない?
いやいや、この研究はそこまで大々的に知られてはならない。
あのお人よしそうなパンダイの担当には悪いが、どこかうまいところでダイジャーのために研究自体を全て引き上げて非公開にするようにしなければならない。
ホスピタレンジャーの存在が秘密なように、ダイジャーの存在も斗南征服、果てには日本征服のためにも秘密にしておくべき存在なのだから。

そんな夢物語は、斗南の裏で着々と進んでいたのであったが、ダイジャー部隊の知らないところで真実を見抜いた者が一人いることを忘れている。

 * * *

「黒田さん、どうして戦隊ものには巨大ロボが出てくるんでしょうね」
「視聴者を飽きさせないためさ」
「それにしても、最初から巨大化すれば終わりなのに、何ででしょうね」
「一応正義の味方ぶるためには、いきなり巨大化したら、迷惑なウルト○マンと一緒じゃないか」
「はあ、そういうもんでしょうか」
「だって、あんなに巨大化して、日本の狭い土地で家をつぶさずに戦える場所なんてあるかい?皆見て見ぬふりをしてるんだよ」
「そうかもしれませんね」
「それから、当然おもちゃを作る我がパンダイのためだよ!決まってるじゃないか。合体ロボってものは、子ども心を刺激して、売れ行きを左右するんだぜ」
「まあ、それが本音ですよね」

(20斗南という巨大な大学の中には、いくつもの組織が存在する。
大学部門と病院部門、研究部門とありとあらゆる組織は複雑な人間関係をもってして存在している。
その中の一つ、病院部門においては脳神経外科学の中でも筆頭に挙げられる凄腕ドクターと言えば、我らがゼミの主、大蛇森講師だ。准教授まであと一歩というところだ。
大蛇森ゼミでは三グループに分かれて研究が進められている。
純粋なる研究の裏では、もう一つ別の顔が存在するのだ。
それは…。

「これは大事な研究だ」
ダイジャー本部でもあるゼミの中では、特に優秀なるものが集められてとある研究が行われようとしていた。
「あの、これ、どんな研究なんでしょうか」
「人体実験には程遠い代物だが、今はこれが精一杯でね」
そう言いながら下っ端その2でもある佐藤(仮名)はにこやかに答えた。その胡散臭いながらも爽やかそうな笑顔は、結構なイケメンだ。
不安そうに自分の頭に付けられていく電極を上目づかいで見ている一ゼミ生は、やや顔色が悪い。それでも除けられた前髪の下に見える目から鼻筋のラインは、その辺の大学生よりよほど整っている。
真剣な顔で電極を付けている下っ端その1でもある山本(仮名)もやや恰好がダサいがそこそこのイケメンだ。
つまり、大蛇森ゼミのゼミ生、および研究員は、イケメンしかいない。
入るのには大蛇森医師によるイケメン判定が行われるという噂だ。
実際ゼミの中を見渡してみても、イケメンしかいない。
その光景は、ここに用事で来た他のゼミ生と医療秘書が驚いてのけぞるくらいのイケメン率だ。
斗南中のイケメンが揃っているのではと思われるくらいなので、ここのゼミ生に選ばれれば間違いなくイケメンと判定されたも同然だと言われている。
しかし、そのイケメンたちに課せられたものは、世間一般が考えている大蛇森イケメンパラダイス妄想よりもよほど過酷なものだった。
いや、この人体実験がその一つだと言っているわけではない。

「諸君、出動だ」

その一言で研究員たちはとある衣装に身を包み、下っ端として活躍せねばならない。
その名もダイジャー部隊だ。
斗南の平和を守る斗南戦隊ホスピタレンジャーという名のレンジャーがいる。これに対抗する組織であり、斗南制覇をもくろんでいるのだ。
お互い普段は普通に生活を送っているが、ひとたび出動となれば、お互いの活動を邪魔されないように戦わねばならない。
そして、暗黙の了解となっているのが、普段の生活には立ち入らない、詮索しない、口外しない、ということだ。
特にダイジャー部隊の下っ端である彼らには、脳神経外科学単位という人質もある。
これを破ると単位がもらえないという恐ろしい報復が待っているのだ。
とにかく、おとなしく言うことさえ聞いていれば、イケメンであるがゆえの特権で問答無用で単位がもらえる。
大蛇森ゼミとしての研究手伝いももちろんあるから、決してずるではない。
そして、今ここで一人のゼミ生が研究と称して犠牲実験台になろうとしていた。
「だ、大丈夫なんですよね、佐藤(仮名)さん」
ゼミ生は実は下っ端その1と下っ端その2の名前を知らない。というか、ゼミ生は誰も本名を知らない。
何故そうなったのかも、今となってはわからない。何せ下っ端その1の同級生はとっくの昔にゼミを卒業して就職しているからだ。
しつこく残っているのは下っ端その1だけだ。
それにいつの間にか下っ端その2が加わった。何故か誰も下っ端その2の素性を知らない。
「この研究は、ただ電極を通じて命令を電気信号に替えて…(長い説明が続く)」
「…はあ」
「なのでとりあえず無事ではあると思うよ」
そんな説明をしている間に電極の貼り付けが終わった。
その様子をきちんとビデオ撮影をして、パソコンでデータ管理をしつつ、ボードに何かを書きつけている。立派な研究であることは間違いない。
「はい、右手を動かすイメージをして」
そんなふうに研究は真面目に、あくまでとことん真面目に行われた。
ちなみにこの場所は大蛇森ゼミの中で行われているわけではない。
斗南大学の実験室の一部屋を今日は借り切っている。
何せ秘密の研究だ、念には念を入れねばならない。
そこに一つの電話が入る。
「はい」
下っ端その1が電話に出た。
「了解」
ピッと携帯を切って下っ端その2を振り返った。
「出動だ。久々にホスピタブルーが出動しているらしい。
ホスピタブルーめ、女学生にちょっかいをかけているらしい。
懲らしめてやろう」
「了解」
すぐに下っ端衣装に身を包み、二人は実験室を出ていった。
「え、あの、ぼ、ぼくは」
一人残されたゼミ生は、電極を付けたまま放置された。
下っ端の二人が戻ってきたのは、それから半日も経ってからだったという。
そして、ホスピタブルーの所業を懲らしめるという、どちらが正義の味方だかわからない案件が続いたという。

(2016/08/10)


初出:2016/07/17