斗南戦隊ホスピタレンジャー5




緑の衣装に身を包んだ下っ端その1は考えた。
そろそろダイジャー幹部へと出世したいものだ。
そのためには何か手柄を立てなければならない。
ちょうどダイジャーの事実上の総幹部、モリン様がつぶやいた。
ピンクが邪魔、だと。
ではピンクを人質に…とのアイデアは別の下っ端だったが、彼はこれを利用することにした。
うまくいけばダイジャー幹部に取り立ててくれるという。
夢にまで見た幹部への出世。
彼はうきうきして策を練ることにした。

そもそも幼き頃から彼はヒーロー戦隊ものが好きだった。それもヒーローそのものではなく、対立する悪の組織がお気に入りだった。
何しろヒーロ−戦隊というものは、正義の味方であるはずのヒーローが束になって敵に立ち向かうといういじめの構造がなにやら気に入らなかった。
もちろん悪の組織にも下っ端はたくさん登場するし、いろいろ矛盾はある。
何せ一度やられたにもかかわらず、なぜか巨大化する最近の傾向はいただけないが、つるむことなく毅然としている幹部の孤独さやすぐに処罰される悲哀さを愛していた。
そんな彼だから、悪の組織ダイジャー幹部のモリンの存在を知ったときにはすぐに組織の傘下となり、忠誠を誓った。

一方ダイジャーの永遠の敵であるホスピタレンジャーの正体はいまいちわかっていない。
どうやら同じく斗南の人間であるらしいが、そこは追求してはいけない。たとえばればれでも知らない振りをするのが戦隊もののお約束だ。それはダイジャーにしても言えることで、誰が下っ端であるのかも名前を口にはしない。
ピンクは色からして当然女なんだろうと思われる。
赤は一応どんな戦隊でもリーダーであり、ここぞというときに力を発揮する存在だ。
あとの色ものは置いておいて、たいてい戦隊ものに女は一人か二人いれなければならない。
これは女もヒロインになれるというテレビの視聴者向けパフォーマンスなのか、ただ単に華がほしいだけなのか判然とはしないが、ちびっこにはどうでもいいことなのでとりあえずここでは追求しない。大きいお友達にとってはその華やぎ具合は非常に重要であるのだが、これも今は関係ないので割愛することにする。
そう、ピンクだ。
出現するのはたいていピンクが一番で、嫌そうにレッドやブラックが現れたりする。
最近現れたグリーンもどうやら熱心なようだが、ブルーについてはいまだ判断材料がない。
何か騒ぎを起こせば多分ピンクの野次馬根性に火がつくのは明らかだと思われたので、彼はその騒ぎとやらを起こすことに決めた。
当然彼は下っ端なので、一人でできることも限られてはいるが、明らかに女だとわかるピンク一人ならどうにかできるだろうと早速実行に移すことにした。

まずは騒ぎを起こす。
これは適当にあまり人の迷惑にならない場所で、被害は少ないが派手に見える演出を考えねばならない。大学の裏手、それもなるべく病院からは近くて見えやすい場所。ちょっと目にはただの映研部のロケに見える。
時間はピンクも現れやすい昼休みにすることにした。
ここまで気を使うのは、一応彼も斗南の一員であり、さすがに警察沙汰はごめんだ。
何よりも長くこの組織の中で楽しみたい。
彼の数ある研究(ちなみに彼の研究は全て戦隊ものに絡んでいる)の中から、ライダー系にはまっている知人にもらった爆発装置を使ってみることにした。これは知人いわく、音だけは派手に鳴るが、場所を選べば音が拡散しないし、何より煙も派手に出る割にはすぐに収まる優れもの、らしい。
派手に燃えてもあまり被害も少なく、コスト的にも問題なしのダンボールを爆破させることにして、彼は準備に取り掛かった。
病院の薬剤部からいらないダンボールをもらってきて集め、それを裏手に運ぶことにした。
裏口でせっせとダンボールを運ぶ準備をしていると、そこへ通りかかった一人の看護師が彼に声をかけた。
「大変そうですね。あたしもそこまでいくから一緒に運びましょうか」
彼はぎくりとして振り返り、一応断った。しかし、その看護師は既にダンボールを抱えていた。
「さあ、早く済ませましょう」
どうやらあまり人の話を聞かない上にお人好しであるらしい。
仕方なくそのままダンボールを運んでもらうことにした。
一緒に運んでもらったおかげで、作業は一度で済んだ。
「…ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
看護師はにこやかに笑って歩き去っていく。
その目の前で、段差につまずいて転んでいる。
思わず駆け寄って助け起こした。
「大丈夫ですか」
「あ、す、すみません」
助け起こそうと手を差し伸べると、看護師は顔を赤らめた。
説明を省いていたが、彼はかなりのイケメンである。かの有名な研究室に入るには、イケメンが第一の条件だったからだ。ダイジャーはとある事情でちょっとしたイケメンパラダイスだった。
そんなことはさておき、そのかわいらしい微笑みに、彼はちょっとだけクラッと来た。
イケメンだがオタクな彼に彼女はいなかったのだ。
何せ研究室はイケメンだらけだが女はいないので、久々に間近に見た笑顔だった。
「それじゃ」
看護師はそのまま小走りに去っていった。
彼は逸る胸を押さえて見送るのだった。
しばらくダンボールも爆発も忘れて立ち尽くしていた。

 * * *

「琴子、さっきのイケメン誰?」
窓から見ていたらしい桔梗幹が聞いた。
「え?イケメン?」
「さっき助け起こされてたでしょ」
「あ、ああ!顔見てなかったから知らないけど、何か重要なものを大変そうに運んでいたから手伝ったの」
「重要なもの、ねぇ。壊さなくて良かったわね」
「大丈夫よ。ダンボールみたいだったもの」
「ダンボールのどこが重要なのよ。おまけにあれだけのイケメンを前にして気付かないとは」
「だって、入江くん以上のイケメンなんていないもの」
「…ああ、はいはい」
「さあて、さっさと着替えて帰ろうっと」
「ああ、今日は入江さんが家にいるんだったわね」
「そうなの〜」
そう言って琴子はいそいそと更衣室へ向かっていった。

 * * *

ドーンと鈍い爆発音を立ててダンボールは爆発したが、どこからもホスピタレンジャーは現れなかった。
下っ端衣装を身に着けた彼は、一人病院裏手でさみしく待ちぼうけをくらったのだった。

(2010/09/30)
2010.12.08初出