四月馬鹿の憂鬱




今日は辞令発令の日。
発表された人事に一喜一憂する。

「琴子、入江さん、また神戸に異動らしいわよ」
「うそっーーーー!!」

どたばたと騒がしい足音は、看護婦にあるまじき行状だ。
入江直樹は顔をしかめて音を立てる主を見やった。
医局の中は一気に静まった。

「い、い、い、い、入江くんっ」

その後の言葉が続かない。

「なんだよ」

口をパクパクさせながら涙目になってくる妻を面白そうに眺める。

「あ、あたしも行くからっ」
「どこへ」
「こ、神戸っ」
「ふーん、いつ」
「いつって…入江くんが行くとき」
「そうそう休みもないし、出張もないし、当分行く暇ないな」
「…なんで…」
「へー、一人で行くのか。
あれだろ、何か内示が出たか」
「だって、異動だって…」
「あー、今日は異動発表の日か。
で、それは誰の情報だよ」

はっとした琴子は、誰もいないはずの後ろを振り返って叫んだ。

「モトちゃん!!」

誰もいないはずだったが、廊下の曲がり角に隠れた影が二つ。

「きゃー見つかったわよ」
「やっと気づくなんてバカよね〜」
「毎年何で気づかないのかしら」

きゃははと笑い声を立てながら桔梗幹と品川真里奈は駆け戻っていく。

「だ、だまされた!」

悔しそうに言った琴子の後ろに張られた張り紙が一つ。

[四月一日異動内示
入江直樹 A県小児医療センター研修 期間:四月十五日〜]

それを振り返って一つため息をつく直樹。

「あながち嘘でもないんだけどな」

気づけば、猛ダッシュでまたもや廊下を駆け抜けて行ってしまった妻に、エイプリルフールではないと信じさせるのに何て言おうかと思案する直樹だった。


(2010/04/01)