ひとり言



May


あいつの泣き顔だけが夢に出てきた。
…夢の中まで泣かれるようになった。

誰もいない社長室。
静まり返った夜中、広げた書類の上で軽くため息をつく。
誰にも聞かれるはずはないのに、誰かに聞かれはしないかと気にする。

彼女は聡明で、美人で、料理上手で、その上取引先のお嬢様だ。
何の文句があるだろう。
理想の彼女。
誰もがうらやむ結婚相手。
どこに紹介しても恥ずかしくもない。
未来はきっと安らかで、穏やかに暮らしていける。

わかっているのに、どうしてこんなにも思い出すのだろう。
…あいつの笑顔。
俺が行かないとわかっても、できもしないテニスを頑張ってみたりする。
焦げた食材とひどい味付けの料理。
それなのに自信満々でテーブルに並べるその図太さ。
頭が悪くて、鈍くて…。

いつも笑っていたあいつの顔が、泣きそうな顔になったのはいつからだろう。
気づきたくなかった。
ずっとこのまま、あきれたやつだと視界の外に出していればよかった。

本当は、笑った顔が見たかった。
泣きそうな顔はごめんだった。
目が合うたびに壊れていく何か。
その全てが壊れてしまわないうちに、早く、早く…。

笑顔さえ見れば、きっとこんな気持ちも消えていくだろう。
もちろんそんな気持ちを口に出すことさえせずに、日々は過ぎていく。
どんどん笑顔が消えていく。
笑顔が見たい。
そんな言葉を口に出してしまったら、押さえ込んでいるものがあふれてきそうだから。
ただ、胸のうちだけでつぶやく。

あいつが笑ってくれさえしたら、何もかもが元通りになるような気がするから。

でもそれは、あまりにも勝手な願い。
笑顔を奪ったのは、ほかならぬ自分だとわかっているから。


(2007/05/18)