もしも乙女系ゲームの世界に転生したら



琴子編

目が覚めると、そこは広々とした部屋だった。
起き上がってみると、ありえないほどに豪華で、自分の部屋じゃない、とすぐにわかった。
部屋の扉がたたかれて、「おはようございます、コトリン様」と声がした。
コ、コトリン?
いや、ちょっと待って、何でゲームの名前…。
自分を見下ろして気づいた。
「うわああ」
思わず声を上げたら侍女と思われる人が慌てて入ってきた。
「嘘、何で」
「どうされました、コトリン様?」
コトリンと言えば、オタク部が作ったゲームでの名前。
それとも最近なろう系とか言われる漫画を読みまくった影響かしら。
もしくはこの間オタク部の連中が持ち込んだ企画のせいかしら。
ほら、最近流行りだからって乙女系ゲームでコトリンを主人公にしてっていう企画。一応コトリンがヒロインでね。
どういう話だったかなぁ。
えーと、そう、確か王太子様が…。
「い、いや、大丈夫じゃないけど、大丈夫…、多分」
でもここはどこだろう。
バカにせずちゃんと企画を読んでおくんだった。
「言葉遣い」
侍女頭っぽい人にそう言われて、びくっとあたしは振り向いた。
「コトリン様、ここでは子爵屋敷のようにふるまわれては困ります。王太子殿下にふさわしい婚約者となるべく、普段から気を付けていただかなくては」
あたしは引きつった笑いをしながらとりあえず根性で乗り切ることにした。
「い、以後気をつけますわ、えーと…」
「シリ、でございます」
「シ、シリ」
どうやら普段から忘れっぽいらしく、侍女頭の名前を覚えていなくても違和感はなかったようだ。
シリってあれよね、スマホの何でも答えてくれる、あれ。
そのネーミングセンスは、やはりオタク部だなとか思ってしまう。
そしてようやく悟った。
ここは婚約者候補に与えられた離宮の一角。
で、あたしの身分は子爵令嬢…それも多分貧乏な。
何となく思いだしたわ。
貧乏過ぎて商売に精を出していたところ、何故か王妃様に見初められて、何故か王太子殿下の婚約者候補になったとかいう。
何で貧乏子爵なのよ!とオタク部に詰め寄ったのを思い出した。
せめて公爵家とか侯爵家とかせめて伯爵家とかもうちょっと苦労のない設定にしてくれたって。
と言ったところ、たしかライバル令嬢がいたわよね。
えーと、ほら、侯爵家の金持ちの彼女。言わずと知れた松本姉。
そうそう、確か『貧乏子爵令嬢は王太子殿下の婚約者に選ばれました』だったかしら。長い名前って、流行りなの?それにタイトルがそのまんまよね。
流行りか…流行りなのね…。
そんなことを考えている間に促されるまま朝の支度とやらに連れ出され、朝食をとるだけのためにドレス選び。
いや、貴族の生活は昼からでもいいんじゃないかと。
そんなことを思っていたら、結婚したらそんなことも許されるようだけど(理由は濁されたけど、なんとなくわかる)、婚約者の立場としては朝からきりきり働けってことよね。
朝から王太子殿下が現れることはなくて(忙しいらしい)、あたしは一人で黙々と食事を終えると、礼儀作法やなんかの勉強があって、婚約者候補も楽じゃない。
もちろん王太子殿下は入江くんよね?
そうじゃなきゃ世間は許されないわよ。
でもあたし、現実ではもう結婚してるのに、また婚約者候補から始めなきゃだめなの?
それに絶対入江くんって婚約者に見向きもしない冷たい王太子殿下ってことよね。
でもいいわ。
あたし、絶対に王太子妃になってみせるわ!

昼食になって、ようやく王太子殿下が現れた。
「わあ、入江くん」
「…イリエクン?」
隣でシリが眼鏡を光らせた。
「挨拶を」
小声でそう言われて、午前に散々しごかれたあいさつをした。
王太子殿下はにこりと笑って言った。
「王城には慣れたかな」
「へ?」
入江くんの顔でそう言った。
いや、なんか違う。
いや、もう全然違う。
入江くんであって、入江くんじゃない!
それとも王太子殿下ってこんなものなの?
入江くんが入江くんじゃない!

「こんなクソゲー誰もやらないわよ!」



そう叫んだところであたしは目が覚めた。
「…ああ、よかった、夢だった」
あたしは起き上がった。
うん、いつもの寝室だ。
「やあ、目覚めたようだね」
あたしはびくりとして振り返った。
ウソ、まさか。
「ったく、こんなセリフ誰が言うか」
入江くんは紙の束をバサッとベッド脇テーブルに放り投げた。
「よ、よかった、入江くんだ」
「何言ってんだ」
「だって、入江くんが入江くんだ」
「朝から何言ってるか知らないが、遅刻するぞ」
「あ、うん」
あたしは起き上がって入江くんに抱きついた。
「おはよう、入江くん。さっきの例の企画書?」
「ああ、こんなゲーム誰がやるんだ」
「冷たい王太子殿下を徐々に攻略していくのが楽しいのに」
「ふーん、冷たい方がいいんだ」
「あ、もちろん入江くん限定ね」
「へー」
「でももう一から攻略なんて現実は嫌だからね!」
入江くんは笑った。
ああ、やっぱり現実の入江くんに勝るものはないわ。

でもその後、大幅にシチュエーションとキャラ変更を加えた乙女系ゲームがパンダイから発売されて大人気になったとか。

(2021/02/11)