直樹編
目が覚めると、そこは自分の部屋ではなかった。隣で寝ていたはずの琴子もいない。
いつも通りの広いベッド…よりさらに広いベッド。
しかも部屋もバカに広い。
起き上がろうとすると、自分の服が、パジャマじゃなかった。
まだ夢を見てるんだろうかと辺りを見渡した。
部屋の扉が控えめに叩かれた。
「お目覚めですか、殿下」
…殿下。
何か嫌な予感がする。
これは、寝る前に見たあの企画のせいかもしれない。
「今起きた」
とりあえず夢だとしても乗り切るしかない。
あまり目覚めの悪いことにはなりたくないし。
企画の通りでいけば、どこかにコトリンがいるらしいし?
返事をしたのを機に、何やら女官らしき女たちがぞろぞろと入ってきて、一人でやるからいいというのに着替えを手伝われた。
殿下とやらは、企画の通りストーリー上の王国のナオーキ王太子殿下、らしい。
こんな世界まで来て、こんな格好させられて、これで面白くなかったら、あのオタク部の奴ら締めあげてやる。
もう一つ言うなら名前を勝手に使うな。
お付きの者が今日の仕事のスケジュールをつらつらと言われたが、そこまではオタク部のやつらも詰めていないのか、仕事のような仕事じゃないような訳のわからないことをさせられることに。
詰めが甘い。
甘すぎる。
何やら婚約者候補だとかいう女がコトリンという名前だということを知り、朝食で会えるかと聞いたが、そんな暇はないという。
では昼食ならと聞けば、何とかしますと答えが返ってきた。
王太子殿下とやらはそんなに権力ないのかよとちょっと文句をつけたくなる。
詰めの甘い話なので、気が付くと昼食の時間になっていた。
婚約者であるコトリン嬢がいるという昼食の場にいくと、顔が引きつったコトリンがいた。
どう見てもそのまま琴子だが、コトリンなのか。
「わあ、入江くん」
「…イリエクン?」
眼鏡の女官がそのセリフに眼鏡を光らせた。
おい、琴子、と言おうとして言えないことに気が付いた。
ちょっと待て、どういうことだ。
そう言えば、先ほどから自分の考えを口にできないことにようやく気が付いた。
思うことは自由なようだが、セリフはゲームに関わることでは決められたことしか口にできないようだ。
つまり、このゲームのような世界はヒロインであるコトリンがプレーヤーなので、攻略対象の王太子殿下など、自由に話すことができないってことか?
セリフが決められてるなんてばかばかしい。
もうどうでもいいから早く目覚めないか、これ。
「王太子殿下にごあいさつ申し上げます」
ぎくしゃくと琴子が挨拶をした。
笑いたい。
ものすごく腹を抱えて笑いたいができなかった。
琴子の格好も、どこから持ってきたそのドレス、コスプレか、と疑いたくなるが、それがこの世界の基準だとすれば、琴子はここに来るまでもかなりの苦行だっただろう。
結婚式以来のドレスだな。
腹を抱えて笑いたい気分は、自分でも嘘くさい笑顔に変換されて「王城には慣れたかな」とかいうくさいセリフを言わされた。
「へ?」
琴子はショックを受けた顔をした。
そりゃそうだろう。
俺なら絶対に言わないセリフだ。
顔をしかめて何やらつぶやいた後、大声で叫んだ。
「こんなクソゲー誰もやらないわよ!」
珍しく意見が合ったな、その通りだ。
俺は嘘くさいセリフを吐いたそのままフリーズした。
もういい加減この夢覚めろ!
現実で琴子に蹴飛ばされて、ようやく目覚めた。
琴子が叫んだ拍子に俺の足を蹴飛ばしたらしい。
正直助かった。
あの世界でフリーズしたまま永遠に過ごしたくはない。
起き上がって思わず昨夜置いておいた企画書をめくった。
この後、王太子殿下とやらは、琴子…じゃなかったコトリンに攻略されるためのあれこれをされるんだった。
そして、残念なことに18禁でもないので、いろいろ省略されてウエディングフィナーレだそうだ。
最初の計画では18禁仕様だったらしいが、コトリンではあまりにもつまらないので(どういう意味だ)、全年齢対象にしたそうだ。まあ、その方が無難だろう。
最初は転生したらしいところから始まり、森で眠っていたコトリンに出会った王太子殿下が「やあ、目覚めたようだね」と声をかけるところから始まっている。
ただのナンパじゃないか。
「ったく、こんなセリフ誰が言うか」
後ろで琴子が目覚めた気配がしたと同時に、「よ、よかった、入江くんだ」と琴子が半泣きだ。
しかも冷たい王太子殿下じゃなかったから、クソゲーということか。
それは俺が冷たいってことか。
いや、俺と比べてどうするんだ。
あれは俺じゃない。
そう言い訳をいろいろしたところで、あの王太子殿下より現実の俺の方がいいって言ってるんだから、よかったと思っておこう。
とりあえずこの企画自体はボツ、だな。
同じ出すならもっと企画を練らないとだめだ。
シミレーションゲーム部門にはとりあえず紹介だけはしてやるが、金輪際コトリンの名前もナオーキとやらの怪しい名前も使えなくしてやるから覚えておけよ!
(2021/02/14)