イタkiss祭り記念企画コラボ






腕時計を着け直していて気が付いた。

あぁ、そういうことか、と。






選択3 欠けた何かを教えてやろう








全く世の中には暢気な人間がいるもので。

時と場所を考えず自分の意志の赴くまま、
突っ走っていくやつがいる。

それが自分の妻だということを、
きっと過去の自分は認めないだろう。

だが現実、何だかんだで妻となったあいつに
最近頭が上がらなくなってきている気すらする。

あいつが起こす嵐に自ら足を突っ込んでいく、
マゾヒズムを思わせる行為に、
馬鹿馬鹿しくも酔っているのかも知れない。

1階ロビーの廊下で缶コーヒーを二つ買いながら、
掌の上にある2枚の紙を眺めた。

今後の予想のつくアルファベットが、
どちらの紙の中央にも1つずつ書かれている。


あと11ヶ所回れってコトか………。

先の道程を考え溜息。


それでも。


「何だかんだで、」


行くのかよ、おれ。


自問自答も空しく。

足は既に次の指定場所へと向いていた。


静まり返った廊下を小走りに行きながら、
寝不足と疲労で馬鹿になっているであろう頭で思った。


普通、25過ぎたら誕生日なんて祝いたくないもんだろうに、
脳内がお子様な琴子にはそんな一般的な考えは通用しないのだろう。






それは一片のメモ用紙から始まった。

桔梗がひょこりと顔を出し溜息混じりに笑んで言ったのだ。


「琴子から預かってきました。
あの子、まーた何か企んでるみたいですよ」


「………だろうな」


でなきゃあいつ自ら出向いてくるはずだ。

四つ折りにされたそれを開くと、
見慣れた丸文字が転がっていた。




『入江くんへ

 お仕事終わったら一階のロビーの自動販売器前に来てね。

  琴子 』




相変わらずの情けない誤字に溜息しか出ない。


「あら?なにかしら、Hって」


紙の真中で一際目立つそれに、
横から覗いていた桔梗が首を傾げた。


ヤりたいのか?


と一瞬思案したものの、
まさかあいつに限って有り得ない、
と元の通りに片手で折った。






そして現在位置、5階(実際は4階)病棟廊下。


あんの馬鹿。


相変わらずの単細胞ぶりに呆れ返る。


馬鹿だ。


本物の馬鹿だ。


俺が今まで何してたか分かってんのかあいつは。

仕事してたの知ってるだろ?

今日はでかいオペがあるって言わなかったか?

知ってただろ?

言っただろ?


それなのに。


なんで院内の端から端まで指定場所作ってんだ………!

2階南棟の端まで行ったと思えば次はほぼ真逆に位置する1階備品庫で、
その後に散々上に下に斜め上に斜め下に走らされ。


恐らく最後の指定になる

―――こういうのにありがちな―――

屋上へ直走りながら眩暈を覚えた。





そして目の前に聳えているようにさえ見える、
最終関門、階段。

一歩踏み出せば、疲れた膝に響くコンクリートの感触。

音まで反響してくれる。

きっとその先に潜んでいるであろうあいつが、
耳を澄ませているのが嫌でも分かる。

呼吸を整え、わざとらしい足音を立ててやりながら階段を上る。


ほら、気付け。


ちゃんとここまで来てやったんだ。


あいつの神経すべてをモノにしているような、
征服感が心地いい。


扉の前で深呼吸。


ノブに手を掛け、わざと乱暴に捻る。

途端、頭上からなにやらごそりと音が響いた。


なるほど、そこにいるってワケか。


ぎぃ、と鉄扉独特の音を響かせて、ドアを開ける。




今夜は眠れそうにない。


ポケットの中の11枚を握り締めて思った。









選択3 欠けた何かを教えてやろう−Fin−