「こ、これ読んでください!」

おれの差し出したラブレターを一瞥した彼女は、

「いらない」

冷たく一言そう言って去って行った。

相原巳琴(みこと)、17歳の春、入江直子に見事玉砕…。



If〜もしかしたらイタズラなKiss…かもしれない〜





昨夜、誤字を何度も見返して、やっとのことで書いたラブレター。
おれは二年前の春に一目ぼれをしたのだった。


「おい、F組の相原だよ。今朝A組の入江さんに告白してふられたってよ」
「そりゃ無理だろー」
「うっそー、A組の入江さんに〜?」

周りの視線と噂話が破れた心に痛い…。
ちっくしょー、ほっといてくれよ〜!!

「巳琴!おまえバッカじゃねーの。ふられるのわかってんじゃん」

友人その1、小森じん。
丁寧に感想ありがとうよ…。

「しかも、校門で手紙渡したって?何でまたそんな人目につくところで…」

友人その2、石川里流(さとる)。
今頃忠告してくれたって遅ぇーよ。

「も、もしかしたら、おれのこと気に入って…」

半分涙目で言いかけると、たたみかけるように言われた。

「そんなことあるわけないだろ」
「入江って言えば、偏差値トップのA組の中でも一番で、全国模試でもトップでIQ200らしいぜ」

友人二人の言うとおり、彼女は天才だ。
偏差値クラスビリのF組のおれには高嶺の花だよ。
しかもすっげー美人で。
でも、好きになっちまったんだから、仕方がねーじゃん。

「たしかにさー、入江って美人だけど、性格に問題ありだよなー」
「だいたい17にしてあれだけ堅物なのも珍しーって言うか」

二人の言うことももっともだと思う。
ふてくされていたところへ更に騒がしいやつが来た。

「巳琴!あんた、A組の入江に告白してふられたってほんま?」

このよく騒いでいるやつが、池沢。
なんだかまとわりつかれているおれ。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ周りはともかく、おれは傷心のままその日の授業を終えた。
周りは関係なくおれんちの新居祝いを持って家に来る相談をしている。
学校を出て歩き出したおれの前に、なんと彼女が現れた。
池沢はおれのためとばかりに彼女に今朝のことを追及する。
彼女は聞いているのか聞いていないのか、涼しい顔で振り向いて一言言った。

「あたし、頭の悪い男は嫌いなのよ」

揃ってF組のおれたちは、さらっと言われたとどめの言葉に皆固まった。
反論できないだけにひどい…。
あんなやつを二年間も思っていたなんて。


その日の夜、新築祝いをしていた矢先に地震が起こった。
大地震だーと外に飛び出してみれば、揺れているのはうちだけで、しかも震度2の地震で家が崩壊した…。
いったいなんなんだっ。
おれは二年も思い続けていた女ににふられた夜、家までもなくした。


 * * *


結局、家は手抜きの欠陥住宅ってことで落ち着いた。
ちゃきちゃきでしっかりしていると思った母ちゃんだったが、だまされやすいのが欠点だというのを忘れてたぜ。
池沢は、おれのためだと張り切って学校で募金活動していた。
た、頼むからやめてくれ…。
そこへまたもや現れた彼女。
邪魔だとばかりにため息をつき、

「募金すれば文句ないんでしょ」

とお金を取り出した。
思わずムカッと腹が立ち、

「ばかにするなっ」

とお金を手で払った。

「おまえみたいなやつを二年も思っていたなんて、もったいないことしたよ!おまえのお恵みなんて死んだっていらないねっ」

少しきついことを言い過ぎたかと思ったが、勢いは止まらず。
それなのに、彼女は相変らず無表情で冷たく言った。

「ふーん、そんなこと言っていいの」
「い、いいに決まってるだろ。おまえに世話になる理由なんてなんにもないぞ!バ、バカだからって、バカにするなよなっ」

何がおかしかったのか、彼女はぷっと吹きだして去っていった。
なんだか本当にむかついた。


いつまでもホテル住まいというわけにも行かず、母ちゃんの友だちの家にお世話になることになった。

「イリちゃんはいい人よ〜」

母ちゃんはうれしそうにその友だちのことを話している。

「それでね、そのイリちゃんの娘さんが、あんたと同い年でね、しかも同じ学校らしいんだ」

母ちゃんがそこまで話したとき、おれたちの乗ったタクシーは、すうっと『入江』と表札のかかった大きな家の前に止まった。
…ま、まさかな…。

インターホンを押して出てきたのは、彼女とは似つかないふっくらとしたおばさんだった。
少しほっとして挨拶をする。

「ちょっと、ナオ!相原さんが見えたわよ!」

おばさんが呼んで現れたのは、なんと入江直子その人だった!!
驚きすぎて声も出ない。
続いて出てきたのはなかなかハンサムなおじさんで、それが彼女のお父さんらしかった。
そして更に、小さな女の子が出てきた。
彼女のミニチュアのようによく似ている。

「はじめまして、わたし入江裕子、小学三年生です」

最初の挨拶までは良かった。
ところがこのミニチュア版の女の子にまで頭の悪さを指摘され、挙句の果てに

「あんたなんかきらいよっ」

とまで言われた。
軽くショックを受けたところで、部屋に案内される。
おじさんはやけに張り切って部屋に連れて行ってくれた。

「さ、ここだよ」

その部屋は、男の子らしさ全開の部屋だった。
電車の模型に車のミニチュア。
さりげなく飾られたサッカーボール。

「気に入ってくれたかな」
「は、はあ」

おじさんはどうやら男の子が欲しかったらしい。
ま、まあいいや。
おじさんは彼女に荷物を整理するのを手伝うように言って、下へと降りていった。
おれは彼女の冷たい視線を受け止めながら、一人で荷物を整理する決心を固めていた。

「…あたしがあなたを世話する理由は何もないものね。あなたがいてもいなくてもあたしには関係ないから。あたしの生活の邪魔はしないでよね」

そう言い放ち、彼女は部屋を出て行った。
なんとも波乱万丈な幕開けだった。


If〜もしかしたらイタズラなKiss…かもしれない〜−Fin−(2006/08/07)