衣替え
10月に入ったある日のこと。
洋服ダンスの引き出しを開け、クローゼットの扉を開け放して、琴子は機嫌よく服をたたんでいた。
「あ、この服はもう着られないかなぁ」
夏の半そで服から秋冬服へと衣替えしようとしていたのだった。
時々服を取り出しては眺める。
本当は直樹の服を同じように整理したいが、
「自分でやるから触るな」
と出かける前に言われてしまったのだった。
…と、ふと目に付いた制服。
「あー、斗南高校の制服だぁ…」
懐かしくなってクロ−ゼットから取り出して身体に当ててみる。
「着ちゃったりなんかして」
周りを確認すると、いそいそと制服に着替えてみる。
鏡で確認する。
もちろん体形は変わっていないから、今でも十分着られる。
毎日入江くんを見るのに、A組の近くを通ったよなぁ。
廊下ですれ違うとうれしくって。
それなのに、毎日家で顔を見るようになって、結婚までしちゃって。
卒業してからもう4年か〜。
思わず鏡の中の自分を見つめ、直樹の姿を思い出す。
ラブレターを書いて、渡した直後に玉砕だったけど。
今だったらなんて言うかな。
「えーと、これ、読んでください」
鏡の中の自分に向かって言う。
「いらない」
驚いて琴子は振り向いた。
同じ声であの時のように答える声がした。
振り向くと、ドアを開けて、あの時と同じ顔で話す直樹がいた。
「い、入江くん、いたのっ」
部屋の中に無言で入ってきて、制服をひと眺めする。
「こんなことだろうと思ったけどな」
琴子は真っ赤になって自分の制服姿を見下ろした。
ど、どうしよう。
またあきれて見てる〜。
「…でも入江くん。もう一度ラブレター渡したら、受け取ってくれる?」
直樹は散乱した服を踏まないように気をつけながら、琴子の隣に立った。
「だから、『いらない』って言っただろ」
「な、なんでっ」
冷たい返事に直樹の服をつかんで迫る。
答えを聞くまでは絶対に離さないぞという構え。
直樹は相変わらずポーカーフェイスのまま答えた。
「…直接口で言えよ」
じゃ、じゃあ…。
服をつかんだまま直樹を見つめる。
「入江くん、好きです。これからもずっと一緒にいてください」
「………」
「返事は?」
恥ずかしげに琴子が問う。
直樹は笑って琴子にキスをすると、そのまま抱き上げてベッドへと下ろした。
「あ、あの、へんじ…」
「これが返事」
そう言ってもう一度キスをする。
「…でもこれじゃあ、援交の女子高生とオヤジだな」
思わず琴子は吹き出す。
「入江くんはオヤジじゃないよ」
「オヤジでも何でも関係ないよ」
「うん?」
「…脱がしちまえば」
そう言うが早いか、琴子のネクタイをするりと外した。
かくして制服は、捨てられずにもう一度クローゼットの奥深くに仕舞われることになった。
衣替え−Fin−(2006/10/02)