噂2
「え?琴子が妊娠?」
「そうそう、そういう噂よ」
「ほら、最近胃がおかしいとか言って食欲落ちてるでしょう?」
「えー、でも」
「それに昨日…」
そこで話はぴたっとおさまる。
登校してきた琴子に看護科の皆の視線が向けられる。
その噂を遠巻きに聞いていた同じ班の面々は、何とも言えない顔をして琴子の顔を眺める。
「ちょっとぉ、どう思う?」
「さぁ?でも一応夫婦だしー?」
「夫婦だからと言って、受胎調節というものを入江のヤツは考えていないのか?あいつ、これから実習目白押しなんだぞっ」
「でも琴子さん、昨日は生理がどうのと話していた気がするけど」
「お、おまえなぁ、女性の身体ってのは、もっとこうデリケートな…」
「みんな、おはよう!」
にこやかに琴子が挨拶をしてきて、一同観察するように琴子を見ている。
「なぁに?何かあった?」
琴子の問いに、無遠慮に眺めていた桔梗幹が言った。
「ねえ、あんた…」
「おい、モトキ、やめとけよ」
「あん、なんでよ」
琴子は二人の会話の意味するところを知らずに、実習へと向かうことになった。
実習先に行く途中でどうにも我慢できなくなった桔梗は、鴨狩啓太がトイレでいない隙に琴子に真相を質すことにした。
「琴子、妊娠してるの?」
ずばり直球、間違えようのない質問に、琴子のほうが慌てた。
「え、えーっ?!し、し、してない、してないっ」
一所懸命首を振る傍ら、口でも否定するのだが、素直に納得する面々ではない。
* * *
一方トイレの入り口で直樹と会った鴨狩。
思わず直樹に向かって嫌味の一つでも言いたくなった。
「おい、これから実習も詰まってるんだからな。途中でリタイアしなくてもいいようにしておけよ」
その言葉に直樹は鴨狩を見返す。
「俺の知ったことじゃないね」
その挑発的な言葉に鴨狩は頭に血が上ってつい口にする。
「た、たとえば妊娠とか、だな…その」
勢い込んで口にしたものの、口にした言葉の意味に顔を赤くさせながらあらぬほうを向いた。
「お前には関係ない」
直樹はそれだけ言ってトイレをすたすたと出て行く。
トイレにひとり残された鴨狩は、あまりにもそっけない直樹に「くそっ」と一言。
* * *
「な、何でそんな話に…」
品川真里奈が迫る。
「食欲が落ちてるって」
「た、食べすぎて胃を…」
小倉智子がにっこり微笑んだ。
「生理がどうとか?」
「…部屋の掃除のこと?」
そして、桔梗が迫る。
「じゃあ、本当に妊娠してないってのね」
「し…」
「してない」
突然後ろから降ってわいた返答に一同は固まった。
「い、入江くん」
助かったという顔で琴子は直樹の顔を見る。
一同は振り返った。
直樹は一同を見ると表情も変えずに淡々と言った。
「俺が何も考えてないとでも?産科で家族計画習ったならわかるだろ。それとも、琴子の生理日を言えば納得する?」
「い、い、入江くんっ」
「早く行かないと実習に遅れるぞ」
そう言い残して、病院のロビーを歩き去って行った。
一瞬でロビーの中が静まり返ったことに気づいたのは、トイレから出てきた鴨狩だけだった。
それから…、あの入江直樹にもう一つ称号が加わった。
『家族計画まで完璧な男』
噂2−Fin−(2006/10/19)