逢う魔が時2
夕暮れ時、昼と夜の境目の曖昧な時間。
昼でもなく、夜に早いその時間に、琴子はたくさんの荷物を抱えて歩いていた。
「…ちょっと買いすぎちゃった」
ふ〜〜〜。
ため息をついて荷物を下ろす。
家まではあともう少し。
それでも妊婦で、しかも大荷物の今はその距離もなかなか辛い。
「やっぱりお義母さんを呼べばよかったかも」
お腹も少しずつ目立ってきた今日この頃。
お腹の子の性別はまだ聞いていない。
男の子でも女の子でもどちらでもいいけれど、男の子だったら入江くんに似た子。
女の子だったらかわいらしい子。
そんな風に都合よく夢見ていた。
もちろん元気な子ならなおさらうれしい。
これなんかすっごくかわいいと思うのよね。
既に入江家にはベビーグッズが揃っているというのに、つい買ってしまったクマさん柄のよだれかけ。
荷物の中から取り出して、眺めていた。
仕事の帰りについ寄ってしまったショップの片隅にあった。
お腹について手をやる。
「生まれてきたら、これもつけようね」
仕事も終えた後なので、少しだけ眠い。
せっかく早出にしてもらったのに、これじゃ意味がない。
早く帰らなきゃ…。
家の近く、小さな公園のベンチに座り、空を仰ぐ。
ああ、きれい…。
暮れていく前の危うい静けさと薄暗さ。
あるのは空を染める茜色の太陽。
「ママ!」
ぼんやりしていた琴子の足元に駆け寄ってきた子。
「え?え?」
まだ幼い、それでも勝気な様子は、いくつなのか見当もつかない。
琴子は目を丸くして子どもを見つめる。
「ママ…じゃないけど、どうしたの?」
「…だって、ママにみえたの」
「迷子なの?」
「…ママがまいごなの!」
ぷんとすねたように視線をそらした。
その様子がかわいくて、琴子は思わず笑う。
「きっとママが探してるわよ」
そう言うと、その子は下に座り込んだ。
「だって、ママもパパもおしごとなんだもん」
「そっか、忙しいんだね」
「でもおばあちゃんいるし」
「さみしい?」
「それとこれとはべつなの!」
「…別なの?」
「そう!」
それでもこのままにしておくわけにもいかず…。
「一緒におうち探そうか?」
「だからまいごじゃないっていってるでしょ」
「うーん、そうか」
どうしよう。
琴子は辺りを見回した。
子どもの親らしき人も見かけない。
周りは少しずつ薄暗くなってきて、このままではあっという間に日が暮れてしまう。
「…ママもパパもまってる?」
「待ってると思うよ。すごーく待ってる」
「…じゃあ、かえる」
「おうちわかるの?」
「だってまいごじゃないもん。ママがまいごなんだもん。それに、ママもパパもまってるなら、はやくかえらなきゃ」
琴子が微笑んでその子の手を取って、一緒に歩いていこうとしたときだった。
「あ、ママだ!またね!」
そう言うが早いか、あっという間に公園の出入り口へ走っていってしまった。
もちろん琴子は身重のため追いかけることもできなかった。
「あ…」
伸ばした手からするりと離れていったのを琴子は残念に思った。
「…行っちゃった」
自分の手を見て思わず笑う。
あんな子どもだったら、いいのに。
そんな風にうつむいた琴子の上にかぶさる影が一つ。
「…おまえはっ」
「…あれ、入江くん」
「いつまで何やってんだ!」
「え、えーと?」
「おふくろや皆がどれだけ心配してると思ってんだ」
「あ…、ごめん…なさい…」
「ったく…。何かあったかと思うだろ」
「今、凄くかわいい子がいてね」
「仕事が終わったらさっさと帰って来い」
「う、うん。気をつけるね。でね…」
ごめんと謝ったその口で、全く違う話をしだす琴子にあきれながら、直樹は琴子の傍らにあった荷物を手に取る。
「また買ったのか」
「そう。今度はクマちゃん柄なの」
「買いすぎだろ」
「いいの。全部使うんだから」
琴子が周りを見渡すと、いつの間にか小さな公園の明かりはつき、辺りはすっかり暮れていた。
「…こういうときは必ず誰かに連絡しろ」
「…うん。入江くん、仕事は?」
「一日くらい早く帰っても文句はないだろ」
「ふふ、そうだね。あ、ねえ、あたし、さっきかわいい子に会ったの」
「へぇ」
「でも、また会える気がする」
「近所の子なら会えるだろ」
「ううん。多分、もう少し未来で」
「…ふうん」
そういえば…。
琴子は思い出す。
自分も小さな頃、こんな公園で王子様に会ったのだと思っていたけど、あれはもしかしたらここだったかもしれない。
琴子は直樹に助けれらながら立ち上がった。
「こんな逢う魔が時にあまりうろうろするなよ」
「お馬が…とき?」
「…魔に逢う時だよ」
「へえ、そう言うんだ。なんだか、ぼんやりと消えちゃいそうよね。なるほどね、不思議なことも起こりそう」
「…だから」
琴子の頭を片手で抱き寄せ、ため息をつく。
「消えないように」
直樹に頭を抱えられて琴子はうなずく。
「うん。本当に気をつけるから。でも、こんな時じゃないと逢えなかったかもしれないよ?」
直樹はくすっと笑って答えた。
「…もしかして、さっき逢ったのは未来の子どもとか言うか?」
「そう!絶対そうよ」
「ま、いいけど」
琴子はお腹に向かって話しかける。
「パパもママも、待ってるからね」
「…帰ろう。皆、待ってるから」
日の暮れた公園を二つの影が仲良く寄り添って動く。
しっかりつながれた二人の手の間に、いつかもう一つの手がつながれる未来を夢見て。
逢う魔が時2−Fin−(2008/10/05)