イタKiss祭り2008




あのとき、どうして告白する気になったのか。

「相原琴子さん、つきあってください」

驚いたまん丸な目は、今でも思い出す。
それは僕に向けられた目。
初めて僕のほうを見てくれた目だったから。


失恋記念日




琴子さん、…彼女は高校の頃から入江さんを好きだと知っていた。
それはもう有名で、在学中月に一度は張り出される張り紙に、噂の数々。
なんでも、入江さんとは同居していたとのことで、もっと仲がよくてもいいはずなのに、入江さんはいつも彼女に冷たい態度で、彼女は一方的にあしらわれてお終い。
片や全国模試トップの天才。
彼女は同じ学校とは思えないほどの落ちこぼれF組。
天才はいつも素っ気無く、無愛想な鉄仮面。
彼女は明るくて、F組なんてことも気にならない愛嬌のよさ。
初めは彼女なんかに興味はなかったんだけどな。
いつか入江さんに追いつきたかった。
僕以外にもきっとそう思っていたヤツの一人や二人いたことだろう。
それなのに、入江さんを見てると、必ず目に入るんだ。

髪の長い彼女。
壁に隠れて入江さんを見てる。
本人は隠れてるつもりかもしれないけど、僕たちにはもちろん、入江さんにもばれてる。
壁からのぞく長い髪。
ひょこっとのぞくはにかんだ顔。
時には怒ったり泣いたり、驚いたり顔をしかめたり。
一人で百面相の彼女は、見ていて飽きない。
その様子に気づいた入江さんは、さもうっとおしげに振り向いて、彼女に向かって怒鳴りつけたりする。
それでも懲りずにまた彼女は現れる。
そんなことを一年。
ずっと見ていたら、いつの間にか彼女から目が離せなかった。

他の大学の学部に行ってもよかったんだけど、なんとなく彼女が気になって行けなかった。
あの入江さんだってT大に行かずに残ってる。
勉強なんて本人のやる気さえあればどこだって構わないってことだよね。

大学に入学しても、彼女は相変わらずだった。
入江さんを変わらずに追いかけていて、なんだかそれも安心した。
まだ誰のものにもなっていない彼女。
それなら僕にだってチャンスはある。
それに、ちょうど入江さんが家を出て、彼女とは一緒に住んでいないって言うし。

だから彼女にアタックした。


 * * *


「琴子さん、おはようございます」

琴子さんはかなり驚いた顔をしていた。
こういうところがかわいいんだよね。
すぐに顔に出る。
ちょっとだけ困った顔をして、それに男に免疫のない感じ。
赤い顔をしてとまどっている。
なんでこれで入江さんは無視できるんだろうな。
忘れられちゃ困るから、それなりにアピールしてから自分の学部へ戻る。
途中で食堂のお兄さんと松本綾子に邪魔をされたけど、最初としてはこんなものかな。
うん、やっぱり琴子さんはかわいい。
年上とは思えないくらいふわふわとしていて、似合わないくらいの根性を持ってる。
ちょっとドジっぽいところもいいよね。

琴子さんはテニス部に所属している。
それも普通のサークルとかじゃなくて、体育会系。
もちろん入江さんがいるからなんだけどね。
僕はそれほどテニスは得意じゃないけれど、どうやら琴子さんもそれほど得意そうには見えない。
ちょっとテニスコートをのぞいたら、入江さんと琴子さんが何か話している。
もしかして僕のこと?

「か、彼はねぇ、入江くんほどじゃないにしても頭はいいし、顔もいけるし、明るそうだし、なんたって女の子にはやさしーのよっ」

僕はうれしくなって金網越しに琴子さんに声をかけた。

「うれしいなぁ。琴子さんにそんな風に思ってもらえてたなんて」

琴子さんが振り向いて、僕を見てびっくりした。

「ユニホーム姿もいいなぁ」

入江さんは琴子さんの後ろで表情も変えずに僕を見てる。
背も高くて、見るからに頭良さそう。
琴子さんはどこが好きなんだろう。
顔かな。
その性格ってことは…ないよね。

「…琴子さんいただいちゃっていいですね?」

一応確認してみる。
というか、念押し、牽制、宣言。

「いただくも何も、俺のもんでもなんでもないんだから、お好きに」

そう言って入江さんは行ってしまった。
琴子さんは意地になって僕をデートに誘ってくれることに。
何でもいいんだ。
全くその気のなかった琴子さんが、デートしてくれるって言うんだから。


 * * *


日曜日、僕は張り切って車で待ち合わせ場所に。
ところがちょっとした渋滞で時間に遅れそうだ。
やばい。
琴子さんはきっと時間どおりに待ってるだろうな。
そういう子だもん。
ただ、待ち合わせ場所が入江さんもバイトしてるファミレスっていうのは、きっと少しでもやきもち妬かせたいんだろうか。
それも女心だよね。
うん、僕は楽しめればいいんだ。
でも、できたら琴子さんも楽しんでほしい。
やっとのことで待ち合わせ場所に。
僕が現れても入江さんは知らん顔。
琴子さん、僕と一緒に遊んだほうが絶対楽しいと思うけどな。
でも、片想い歴4年じゃあ、そんなにすぐに切り替えられないか。
望みがないとすぐに切り替えられる女の子と違うからね、琴子さんは。
僕もそれくらい覚悟しないとダメかな。

二人ではなうりランドに行くと、早速ジェットコースターに乗り込んだ。
琴子さんは喜んで4回も続けて乗ったせいか、気分が悪くなったようだ。
僕はレモンスカッシュを買いに走りながら思った。
やっぱり琴子さんは思ったとおり、こんな僕にまで気を使ってくれる。
きっと入江さんが気になっているはずなのに、ちゃんと一緒に楽しんでくれて、いい子だよね。
最初のデートは成功だって思ってもいいかな。
帰りに少し元気なかったのは、疲れちゃったのかな。
今度はドライブもいいなぁ。


 * * *


学内で琴子さんを見つけるとうれしくなる。
ああ、声をかけてもいいんだって。
琴子さんと歩いていると、ばったり入江さんに会った。
隣にいるのは確か松本綾子の姉。
琴子さんは入江さんに未練たっぷりで、通り過ぎた後も背中を見つめていた。
まだ僕のことなんて知り合い程度にしか思っていないのかな…なんてね。


授業も終わって、思わず琴子さんを探す。
まだテニス部に顔を出していないとすれば、構内のどこかにいるんだろう。
あっちのほうで見かけたという言葉を頼りに行ってみると、校舎の壁にもたれている琴子さんを見つけた。
時々校舎の窓から中をのぞいてため息をついてる。

「何してんの?」

窓の向こうの図書館には入江さん…と松本綾子だ。
ああ、そういえば家庭教師をしていたって聞いたことがある。
こんなところからひっそりとのぞくほど入江さんが好きなんだ。
切なそうな琴子さんは、見ていてつらい。
入江さんは宣言どおり、僕が琴子さんと親しくなろうが構わないって感じだもんね。
琴子さんが入江さんを忘れるなんてできるんだろうか。

「あの、あのね、武人くん。あたし、その…」

その言葉の後はきっと…。
聞きたくないな。

「琴子さん」

琴子さんは優しいから、きっと僕と一緒にいるのすら悪く思っているんだろう。
利用してくれたって構わないのに。

「入江さんのこと、早く忘れてよ」

そうすれば、こんな風に琴子さんが悲しそうな顔をしなくて済むんだろう。
琴子さんが僕を見た。
こんな風にいつも僕を見てくれればいいのに。
思わず琴子さんにキスをしようと顔を近づけた。
無理強いするのは本意じゃないんだけど。

「おんどれぇ…」

そう言いながら、凄い形相で後ろから食堂のお兄さんが僕を殴った。
そこからはもうただの殴り合い。
僕も頭に血が上ったまま、食堂のお兄さんに向かって殴り返す。
だいたい琴子さんは食堂のお兄さんなんて眼中にないんだし。

「や、やめて、ね?!」

琴子さんがおろおろしてる。
それでももう僕らは止められない。
そういう気分だった。
ところが。

「図書室に丸聞こえだぜ」

いつの間にか入江さんが立っていたんだ。
琴子さんを取り合って殴り合っている僕らを笑ってみている。
何でそんなに余裕なんだよ。

「別にいくらおまえらが殴り合っても、けんかして血を流してもいいんだけどさ」

くすっと笑う。

「でも、琴子が好きなのは俺なんだぜ。けんかするだけ無駄じゃない?」

僕たちは顔を腫らして、鼻血を出しながら入江さんを見ていた。

「おい、バイト行くんだろ」
「う、うん」

琴子さんにいつものように声をかけて、そして何事もなかったように去っていった。
残された僕たちはすっかり毒気を抜かれていた。
素早く立ち直った食堂のお兄さんだけが入江さんたちの後を追いかけていった。
これも琴子さんを想う年季の違いだろうか。

僕は一人残されて、入江さんの言葉を思い返していた。
だいたい図書室に丸聞こえって言ってもさ、防音効いてるんだぜ。
それってどうなんだよ。
それにさ、入江さんのあの自信満々って…。
そりゃ、琴子さんは入江さんが好きなんだろうけど。

…あ〜あ、なんだかしっかり入江さんに牽制された気分だ。
たったあの一声だけで僕は玉砕。
琴子さんも何事もなかったように入江さんについて行った。
それって、全く僕のことは眼中にないってことだよね。

そんな風にいろいろ思い返していたら、また声がかかった。
少し嫌味な感じ。

「バッカみたい」

顔を上げると松本綾子がいた。
嫌味とともに押し付けられたハンカチは、あまりにも白くて目が痛かった。

なんで告白したんだろう。
琴子さんは多分入江さんをあきらめないだろう。
そして入江さんはなんだかんだと言って、琴子さんのあきらめを悪くする。
でも、もしかしたら自覚してないのかもしれないな。

入江さんを真っ直ぐ見つめる瞳を僕に向けてほしかった。
多分きっと入江さんにはかなわない。
僕はあ〜あともう一度つぶやいて空を仰いだ。
結局入江さんてカッコいいんだ。
おいしいとこもってくんだよな。
それはもう仕方がないけど、できれば琴子さんが笑顔になるように、入江さんが琴子さんの気持ちに応える日が来ると…いいよね。


(2008/11/03)