イタkiss祭り2014and10周年記念





災い転じて福となす




斗南を襲った大蛇森ウイルス旋風もようやく収まってきた。
モトちゃんも主任もごほごほしていたから、相当しつこい風邪だったわよ。
あたしはそれこそ風邪もひかないくらいの奮闘ぶり。誰も褒めてくれないけどさ。
入江くんももちろん大奮闘。
休憩もろくに取れないようだったから、あたしの特製弁当を食べて元気を出してもらおうと思ったの。
あ、もちろん味付けはお義母さんにも手伝ってもらって、見た目はともかく、味は何とかいけるくらいのお弁当だったのだけど。
あたしの腕を知ってる西垣先生は一目見て「あー、うん、入江なら食べると思うよ」と言ったまま、別の差し入れ弁当を食べていた。
そのお弁当の見事さ。
いったい誰の作だったのか、気になって聞いてみたんだけど、入江くんの返事は「さあね、興味ない」だった。
入江くんはもちろんあたしの特製弁当をきれいに平らげてくれて、あたしは胸をなでおろした。味は悪くないって。これ、入江くんにしたらすごい褒め言葉よね。
あたしはうれしくなって特製弁当をせっせと届けた。
あまり来るなと言われてちょっと落ち込んだけど、代わりに洗濯物を持ち帰れなんて言われて、これはこれで入江くんの奥さんらしくってちょっとうれしくなった。
洗濯だったらあまり失敗しない。
アイロンがけはちょっと自信がないけど。
時々、あたしは本当に入江くんの奥さんなのかなって思うときもある。
まだ気分はちょっと片想い。
恋人の期間が短かったせいもあるかも。
入江くんが一人暮らししていた頃に恋人同士だったなら、時々はご飯作りに行ってあげたり(入江くんの方がご飯づくりがうまいとか片付けがうまいとかいう事実は無視して)。
神戸の時は、ほとんどマンションに帰っていることすら少なかったみたいだから、遊びに行ったときもあまり実感なかったな。部屋の隅にまだ段ボール箱あったし。
そんなふうに医局に顔を出していたら、きれいな女の人に「医局では私がお世話しますので」と言われた。
うん、そうかもしれないけど…。
医局でのお世話ってどんなのかしら。
きれいな人だったから、「家でブサイクな妻の顔を見るくらいなら、ここできれいな顔を見て癒されたい」とか?
そ、それとも、欲求不満は私が…って…そ、そんなっ。
風邪ひきで本調子でないモトちゃんは、ごほごほしながら「そんなバカなこと要求するわけないでしょ」と言われた。
「だいたい西垣先生からしてちやほやしてるけど、あの手の女は結局一番手堅いタイプを手に入れて寿退社するわよ、絶対」
本調子でないせいか、フンとそう言って風邪薬を飲んでいた。嫌そうだけど、うれしそうな複雑な顔で。
なんでも入江くん特製ブレンドをもらったとか。
…風邪薬の特製ブレンドって…何?
西垣先生はやれやれと言う顔をして、こんな状態は長く続かないから気にしない方がいいと言ってくれた。
その予言が当たったのか、入江くんはそのうちさっさと家に帰ってくるようになった。
しかも「疲れた」と言いつつもっと疲れるようなことを要求するから困っちゃった。
でもいいの。
入江くんの腕の中で眠るときが一番奥さんだって気がするから。
それもこれも災い転んで服とナス…。
あれ、違ったっけ…。
ま、いっか…。

(2014/12/28)



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キスを愛を君だけを




誰だか知らないが、わざわざ弁当を届ける琴子に何か余計なことを言ったらしい。
琴子はバカだ。確かにバカだが、俺の名前と顔さえ覚えていればいいじゃないか。
容姿もそれなりだが、素顔でも十分。化粧しすぎた顔と一緒にするな。
料理の腕前はひどい。ひどいから、他の奴には食べさせられない。俺なら慣れてるから大丈夫。
裁縫もひどい。とりあえずその努力だけは買うが、穴さえあけなければいいと思う。
アイロンがけは無理してやらなくてもいい。おふくろもいるし、必要ならばクリーニングだってある。
あれこれ比較して私の方がって、だから、何だよ。
それがどうした。
おまえは琴子じゃない。
そこまで言わないとわからないのか。

人の言うことを妙に素直に受け取って、ありもしない浮気を見つけようとするバカな女。
この腕の中で眠るのを許すのはただ一人しかいないというのに。
…疲れた。
本当に疲れてすぐに眠りたいのに、隣に眠るその体を欲するなんて、他の奴らは知らなくてもいい。
仕事をすればするほど、貪りたい。
疲れてるんでしょと逃げようとするその体を引き寄せて、口づけて、同じように疲れ果てさせるのは、俺のただの我儘。
そんな我儘をぶつけても応えてくれる琴子だけが、俺の癒しだといつになったら気付くんだろう。
キスの雨を降らせても、半分も憶えていない。
愛を注いでも注いでも足りないとわがままを言う。
ささやく言葉の半分も伝わらない。
そんな君だけを愛しさの中に閉じ込めて。

(2014/12/29)



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何も聞こえない




「入江くん、雨、まだ降ってる?」
「さあ、ここだとあまり聞こえないな」
「窓、ないもんね」
「壁の向こうは外なのにな」
「ん、でも、西垣先生かわいそうだったかな」
「…何がかわいそうだって?」
「ここまで呼び出したのに、はい、さよならって感じだったでしょ。この時間まで残ってるのも大変だったかもしれないし」
「…おまえの仕事の遅さを考慮した結果だが?」
「…そうでした。で、でも、結局秘密の部屋っていうのは、ここのことだったんだね」
「秘密でも何でもないんだよ。知ってる人間が少ないってだけで。まあ、確かにあの非常階段を使う人間は滅多にいないけどな」
「滅多にって?」
「非常階段でさかるバカもいるってこと」
「…さかるって?」
「こういうことだけど?」
「や、ちょっと、入江くん、こんなところで」
「おまえは覚えていないかもしれないが、前もここに連れ込んだこと、あるぞ」
「ええっ、いつ?」
「随分と前。あの時はどうしようもなくて」
「な、なに、どういうこと?」
「なら、再現してみる?」
「…それって、どんなこと…?」
「黙って目をつぶるなら、教えてやってもいいけど?」
「ん」

そんなこと言われたら、黙って目をつぶるしかなくて。
外はきっと雨。
でも、ここには聞こえない。
入江くんに耳を覆われて、「何も聞くな」って。
唇は入江くんに塞がれて、もう何も聞こえない。

(2014/12/30)



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