トップナイフかもしれない世界2
脳はこの世に残された、一番不思議で理解不能な領域。
「脳?いまだによくわからないですよ。どうしてそういう思考になるのか」
白衣姿でさっさと廊下を去っていく入江医師。
ここでBGMスタート。
ちゃっちゃっちゃ〜…(情熱大陸とかなんとか)。
手術中の入江医師。
『彼はこの病院における唯一不可侵の存在。
周りは彼を天才、もしくは魔王と呼ぶ』
画面切り替わり、彼に駆け寄る女性。
『そんな彼に果敢に挑む女性、彼女の名は入江琴子。
そう、彼の妻だ。
そして、最愛にして、最大に意味不明の、彼が理解しているつもりでも、彼ではわからない思考の持ち主。
人は彼らを不釣り合いと噂するが、彼らの理解者は言う』
「えー、でも入江先生も意味不明ですよ。
天才かもしれない。けど、彼の殻を破ることができる唯一の女が彼女よね」
『他に類を見ない彼を理解するのは難しいかもしれないが、その彼が理解不能と言わしめる唯一の存在が彼女なのかもしれない』
忙しく働く彼のそばで何かをやらかしている彼女。詳しくは控える。
「そりゃもう、入江くんは頭が良くてー、顔も良くて―、運動神経もいいの。
あ、え?性格?
うーん、そうね。言うなら、ちょっと辛辣ってとこかな。
例えば?
えーと、そうねぇ。
自分に興味のないことは一切構わないってところかしら。
このあたしですら結婚するまでに六年も…あ、いえ、それは置いておいて」
『彼は嫌がる話だが、実家は大手企業で有名な玩具会社パンダイだ。それなのに家業を継ごうとはせず、医師になろうとしたきっかけは何だったのだろうか。
そこには、あるモデルの存在が関係していた』
「直樹先生?腕はいいと思うよ。どうしようもなかったこの僕を治してくれたんだから」
『彼の名はモデルであり、俳優のノブヒロさん。彼は映画を突然降板したことがあったのだが、その時にはとある病を経て無事に復帰を果たした。
そのノブヒロさんの手術を行ったのが、入江直樹医師だった。
入江医師は小学生時のノブヒロさんと偶然知り合い、その病を知り、それに対して挑むことを考えた』
「入江くんはね、小さい時のノンちゃん(ノブヒロさんの愛称)が入院していたのを見てかわいそうだって。あたし、きっと入江くんなら治せるだろうって思ったのよね。本当に治しちゃうんだもん。さすがよね、あたしの旦那さまったら」
『それがきっかけ?』
「さあ?入江くんの考えてることなんてよくわからないの。でも、たいていはあたしがこうしたらいいのにって思うことはほとんど叶えちゃえるくらいすごいの。
そのためにちゃんと勉強して努力して、天才なのにすっごく頑張ってるの」
『さて、同じく外科病棟で働く彼ら理解者は、二人を温かく見守り、時に助言し、ともに働く仲間として親身になることもある』
「あの夫婦にはアタシもいろいろ迷惑もかけられてるけど、憎めないわね」
「はい?あの夫婦?入江先生は確かにすごいかもしれませんが、いつか抜きますよ。僕はいつまでも二番に…」
画面が乱れるので強制終了。
『そんな二人を見守る人の中には上司も』
「入江先生?仕事は適格だし、手術の腕も素晴らしいわ。
入江さんは…そうね、確かに失敗もあるけれど、彼女の素晴らしさはきっと同僚である入江先生が一番よくご存知じゃないかしら」
「魔王の呼び名?
そりゃもう、琴子ちゃんに手を出しそうな男がいたら速攻排除ですよ。
暗に手を出すなオーラがすごいというか。
あ、僕?僕は彼のし…」
急に画面が切り替わった。
「素晴らしいですよ、彼は。
まさにトレビア〜ン。神が遣わした至高の存在。
私という…」
徐々に画面がフェードアウトしつつ、音声もフェードアウト。
* * *
「あ、ちょっと、あいつ僕のところカットしやがった」
「シーッ、それ言っちゃだめですよ、西垣先生」
ちらりと二人で後ろを見る。
「何故だ!何故私のインタビューがカットされなければならないのか。
あんなチンチクリンよりも私の言葉こそリスペクトすべきだろう」
先日自分で作ったとかいうDVDらしきものを売り込んだが、全く無視されたとかいう脳神経外科医がこぶしを振り上げて怒っているが、二人は見なかったことにした。
「これ、まだ続くのかしら」
「全然番組として成り立たないじゃないか。本人のインタビューもほとんど取れてないし」
「ですよねー。救いは手術している入江先生がただただ格好いいだけですもんね」
「あ、僕もこの辺、この辺ちらりと映ってるんだけど」
「でもこれきっと入江先生の方からお断りよね。いくら病院側に頼まれたとはいえ、琴子の部分カットしてくれでしょ。話として成り立たないじゃない、琴子抜いたら。
いくらスポンサーにパンダイがついてもねー」
「コネの力ってすごいねー。僕も使ってみたいなー」
「いいわね、コネって」
「いいよな、コネって」
しかし、二人が危惧した通り、撮ったはずの内容は、いつまで待っても放送されることはなかったという。
(2020/06/24)