2.ただの同居人
悪夢のテニス部からの合宿を終えて帰宅すると、なし崩しにまた相原家との同居が始まった。
おふくろの様子からしてそうなるような気はしていたが、まさかこんなに早く元に戻るとはさすがに思っていなかった。
生活は騒がしく、甘ったるい声の響く日々に。
* * *
後夜祭が始まろうとしていた。
松本に腕を引っ張られながら、先ほどまで琴子と参加していたクイズ王座決定戦の後片付けと後夜祭準備に追われている舞台に向かっていた。
クイズ研究会が張り出した優勝写真を横目で見ながら通り過ぎると、松本は目を見張った。
「…相原さんと出ていたの」
「…ああ、無理矢理ね」
「それでも優勝するんだから、さすが入江くんね」
「別に」
そんなものはどうでもよかった。
出たくて出たわけじゃないし、今更あの程度の問題は多分誰にでも答えられる。ま、あいつには無理だろうけど。
要は早押しの問題であって、あいつはまだ問題途中だろうと見境なくボタンを押しまくりやがった。
仕方なしに予想で答えるしかなく、正解したこっちのほうが驚きだよ。
目の前では器材を片付けたり、新たに設置したり、人が忙しなく動いている。
騒がしい後夜祭の準備を見ていると、あいつが一人で片づけを命じられた教室の様子が心配になった。
明かりの点いているかろうじて見える教室を見上げる。
何かとんでもない失敗をやらかしてそうだ。
「ねえ、入江くん、何を考えてるの」
見上げた目線の先を追ったのか、松本は腕を強く引いて言った。
それには答えず視線を再び別のほうへ。
向けた視線の先に須藤さんが見えた。
松本が俺の腕をつかんでいるのを見た途端、険しい顔で近づいてきた。しかも、どう見ても先ほどの服と違って正装している。
一体何のつもりなんだ。
「やあ、松本」
松本は胡散臭そうに須藤さんの格好を見て、何事か気づいたように顔を引きつらせた。
それでもあえてその姿には突っ込まず、再び俺の腕をつかもうとした。
ところがさりげなく俺と松本の間に須藤さんは入り込み、松本に向かってしきりに話しかける。
どうやらもうすぐミスコンが始まるらしく、松本に票を入れたから…と恩着せがましく話している。
これを幸いに俺は黙って歩き出した。
ミスコンに興味があるわけではないので、どうでもよかったのだ。
「あ、待って、入江くん」
松本が呼び止めた。
隣で須藤さんが凄い顔をして俺を睨んでいた。
「用事を思い出したから、須藤さんとミスコンでも見てたら?選ばれるかもしれないし」
「ねぇ、入江くん」
松本が顔をしかめて言った。
「相原さんって、入江くんにとって何なの?」
そんなわかりきったことを。
「…ただの同居人」
そう答えて再び歩き出した。
松本は追いかけてこなかった。
俺はそのまま灯りの点いている教室に足を向けた。
(2010/10/02)