マ
閉じることもできなかったらしい目が俺を見つめる。
その瞳に映るのは、俺自身。
少しだけ酔ったような眼差し。
映る姿が正直すぎて戸惑う。
こんなはずではなかったと心のどこかで思う。
いつも真っ直ぐにこちらを見る。
すぐにそらすやつも多い中、それは美徳とするべきなのか。
真っ向から勝負するように睨んでくる。
その瞳はくるくるとよく動き、瞳に表情があるならまさに一目瞭然。
涙を溜めれば零れ落ちそうなほど。
よくもまあそこまで涙を溜め込んでいられるものだと感心するくらい。
好奇心にあふれた様子は、目ざとく何でも見つける。
その割には自分のことに気がつかない。
ああ、仕方がないか。
自分の瞳で自分を見ることはなかなか難しいから。
その瞳が伏せられたなら、もう少し違った行動も取れただろうに。
怒りを含んだ目は、それこそ炎の勢い。
冷たい光とは正反対な燃える瞳。
どうしてそこまで熱くなれるのか、いまだに不思議だ。
意思のある生きた瞳。
その強い眼差しが、他の誰かに向かうことにイラついたのか。
こちらに向けさせるなんて簡単だと確認したかったのか。
その目が閉じていたならば、どうなっていただろう。
驚いて見開いた目の中に映る俺が、ひどく違うものに思えた。
押し付けた唇とともに何かを残したならば、それはあいつのせい。
見返すつもりで少しだけ動揺した心。
目は口ほどにものを言うなんて、今だけは信じない。
見返したその目は、 惑わす瞳 。
(2013/11/06)
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ミ
先のことなんてわからない、とあなたは言うけれど。
ずっと見ていたの。
昨日もその前も。
見つめても、あなたは気づかない。
たとえ気づいても、微笑み返してくれるわけじゃないし、多分気づかない振りをされるだろうけれど。
見ているとちょっと切ない。
想いが通じていないことを思い知るから。
でも姿が見えないと結局探してしまう。
今日もあなたが好きで、明日もきっと好き。
この先も変わらない気がするのは、気のせいじゃないよね。
今日は嫌いでも、明日は好きになってくれる?
明日も嫌いでも、一年後なら恋人同士?
十年先ならだんなさま?
勝手に想像していたら、「ばーか」とボソッと響く声。
あたしの頭の中まで素通しなのに、想いだけは通じない。
今日をつなげていけば明日になって、いつか今日が過去になっていく。
昨日の想い、今日の想い、明日の想い、過去から未来へ。
ひとつひとつ積み重ねた想いは、ミルフィーユのよう。
油断をすると崩れてしまう。
甘い記憶は少ないけれど、きっといつかそんな思い出もできると信じてる。
先のことはわからないけれど、夢見ることは自由でしょ。
あたしの想いがいつか届きますように。
いつかあたしを見つめ返してくれる日が来ますように。
願うことは無駄じゃないって思ってるから。
だからあたしは今日も 未来の夢を見る 。
(2013/11/07)
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ム
「ね、お願い、入江くん」
腕にぶら下がるようにしてねだったかと思えば、前に回りこんで手を合わせている。
「いやだ」
検討するまでもなく返事をすると、なおもしつこく揺さぶってくる。
「なんで?ちょっとだけだから」
「ちょっとも何も、俺がそんなこっぱずかしいことするわけないだろ」
「だいじょうぶよぉ、あたしだってやるんだから」
「…なら、一人でやってくれ」
「入江くんも一緒じゃないと意味ないの」
そのままねだる琴子を置き去りにして立ち去る。
「ああーん、もう、入江くんったら」
後ろでそういう琴子が地団太を踏んでいる。
そんな悔しがることか?
「おかあさーん」
…ちょっと待て。
思わず振り返る。
時々、自分のおねだりが叶えられないとこういう攻略に出る。
つまり、おふくろを巻き込んでの作戦だ。
「まあー、妻のお願い一つ聞けないなんて、なんて甲斐性のない夫かしら!」
そんな声が聞こえたので、さっさとその場を立ち去るべく足を進めた。
このまま書斎に…。
「お兄ちゃん!」
どすどすと足音が響いたかと思えば、あっという間に前に回りこんだ。
その素早さに思わず目をむく。
後ろからはぱたぱたと琴子の足音。
後ろも前も行く手をふさがれて、仕方なく立ち止まる。
「あなたも当然参加ですからね。主役なんだから」
「誰が決めたんだ」
「私に決まってるでしょ」
「何で勝手に決めるんだ」
「どうせ内緒にしたって察するくせに。この際堂々とすることにしたのよ」
「だからと言って仮装することないだろ」
「あら、毎年同じじゃつまらないじゃない」
「ハロウィーンはもう終わったぞ」
「当たり前でしょ、それとは別なんだから」
「仮装するくらいなら参加しない」
「…あら、仮装しないなら参加するってことね」
「そんなことは言っていない」
「言ったも同然よ」
「その日は当直でも入れる」
「あら、それは無理ね」
「…なんでだよ」
「それは…」
「それはあたしが船津くんに当直を頼んだからでーす」
後ろから琴子がそう言った。
既に手は回っているというわけだ。
「じゃあ、お兄ちゃん、仮装じゃないなら参加するってことで」
「お願い〜入江くん」
「決定ですからね」
二人が前から後ろからにやりと笑って決断を迫る。
あくまで返事をしないが、その迫力はおそるべしだ。
有耶無耶のうちにパーティに強制参加されることになった。
「言ったでしょ。最初から無理なお願いを突きつければ少しは譲歩するのよ。
だって、琴子ちゃんの頼みですもの」
「ホントですね〜」
見透かされていることを感じながらため息をつく。
二人揃って見せる顔は、 無敵の笑顔 。
(2013/11/09)
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メ
勉強なんて嫌いだけど、好きな人に教えてもらうのって素敵。
あなたの心も教えてくれたらよかったのに。
あたしの好きになった人は、IQ200の天才だった。
一度聞いたり読んだりしただけで、なんでも頭の中に入っちゃうような人。
あたしなんて二度三度聞いたって覚えられるかどうか。
なのに、入江くんたら女の子の名前を覚えていないのって、何でかしら。
でもね、あたしは入江くんの名前だけは一度で覚えたわ。
あたしにとっては運命に等しい名前。
ああ、違う違う。
ええっと、試験よね、試験。
そうよ、中間テストで100番以内に入れたら、どんな気分かしら。
そう思っていたら、入江くんが教えてくれることになったの。
これも一緒の家にいる特権よね。
ああ、お父さん、イリちゃんパパと親友でありがとう!
入江くんに教えてもらうなんて、ドキドキしちゃって、ちゃんと覚えられなかったらどうしよう。
あんな意地悪な入江くんだけど、教える時はどんな感じかしら。
ああ、夜が待ち遠しい。
もしかして、これがきっかけで…なーんてね。
試験の点数も入江くんの心もゲットできたらいいのに。
勉強なんて別にする気にならなかったけど、脅されたら仕方がない。
あいつの頭の中身、どれだけ詰まってるのか見てみたいよ。
バカの代名詞にもふさわしいF組。
どれだけバカなのかと思ったら、とことんバカだった。
F組全体のレベルがどんなものか、よくわかった気がする。
仮にも試験を受けて入ってきただろうに、どうしてここまで差がつくのか。
ここの教師の教え方にも問題があるんじゃないか。
一度説明してもなかなか覚えない。
二度説明してぼんやり理解できる程度。
三度説明してようやく「ああ!わかった、入江くんすごーい」と声を上げた。
…疲れる。
ものすごく疲れるが、一つ問題が解けるたびに喜んでいるのを見ると、まあいいかと思った。
かなりスパルタだが、へこたれない根性だけはあるようだ。
ぐずぐず泣かれるよりはずっとやりやすい。
本番で覚えたことをちゃんとできるのかどうかは知らないが、少なくとも俺にできることは全部やった。
あとはこいつ次第。
俺をあきらめていないというその根性を試験でも発揮してくれ。
二人で 目指したのは …。
(2013/11/11)
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モ
入江くん、誕生日おめでとう。
入江くんは誕生会とか嫌いなんだよね。
だから、おばさまが入江くんの好きな料理を作ってくれるんですって。
あたしからの今年のプレゼントは、テニスで使うリストバンドとヘアバンドとタオルのセットなんだけど、よかったら使ってください。
この間の試合では足を引っ張っちゃったけど、今度試合に出る時はきっとうまくなってみせるから…。
えーっと、うまく、なるかな…。
ここまで書いて、あたしの手は止まった。
入江くんの誕生日の十一月十二日の朝、いったい何の嫌がらせなのか、須藤先輩が気を引き締めるためだと言って朝早くから練習を組んだのだ。
そのためにあたしは朝一番で渡したかったプレゼントに添えるための手紙をこうして苦心して書いている。
本当はもうそろそろ家を出なくちゃいけない。
入江くんはまだ部屋から出てこないからいいとして、こんな文でぐずぐずしていたら本当に遅刻してしまう。
ええい、もういいや。
どうせ入江くんなんて一度読んだらこんな手紙ぽいって捨てちゃうよね。
誤字脱字は…多分ないと思うけど。
プレゼントを包んだ包装の上に手紙をつけて、あたしは入江くんの部屋の前に置いた。
本当は部屋の中に置きたかったけど、また部屋に無断で入ったと怒られるし、よ…夜這いに来ただなんて言われても困るし(朝だけど)。
それにきっと入江くんは裕樹くんよりも早く起きるし、おばさまは入江くんが起きる頃まで二階には上がってこないし。
閉まったままの部屋のドアを確認して、その前に置いたプレゼントを見た。
小さな声でそっとつぶやいた。
「入江くん、誕生日おめでとう」
微かに声がしてから、部屋の外の気配がようやく消えた。
朝早くからどたばたと落ち着きのない。
あれで誰も起こさないつもりだと思ってるんだから笑ってしまう。
さすがに裕樹はまだ起きていないか。
俺はベッドから出るとそっと部屋のドアを開けてみた。
先ほどのでかい独り言によれば、何かプレゼントが…。
がさりとドアとともに動いたものがあった。
多分これが俺宛の誕生日プレゼントなんだろう。
一度だってプレゼントなんてものをやったことはないのに、同居してからは欠かさず誕生日とクリスマスにプレゼントを渡してくる。
手に取ると、手紙があった。
今年はテニス用品か。
包装を少し開けてみた。
色は悪くない。
どうせ今年はもう試合はないし、急にあいつがうまくなるわけないだろ。
手紙を読みながらそんな突っ込みを入れると、それらを持って部屋の中に戻った。
とりあえずそれをクローゼットの引き出しの中に収め、もう一度ベッドに戻った。
今朝は少し肌寒い。
目覚まし時計がなる前にたいていは目覚めるのだが、気がつくともう一度眠っていた。
かさりとしまい忘れた手紙が顔の横にあった。
誕生日がそれほどめでたいものだと思ったことはない。
ただ、今年は少しだけ心持が違う。
…二十歳か。
十代を抜け、いつの間にかもう二十歳になってしまった。
だからと言って急に何かが変わるわけではない。
一足先に二十歳になったあいつだって、特に変わりはない。
ただ、二年前とは少し違う気持ちがある。
それをどうやって表したらいいのかまだわからない。
とっくに大人のつもりでいたのに、まだ大人になりきれない部分があることを知った。
まだ持て余し気味の気持ちを抱えて迷っているのかもしれない。
もう少しこのまま でいられたなら。
(2013/11/12)
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