イタkiss期間2013 五十音でささやくイタズラなKiss





クールだとか、無関心だとか、仏頂面だとか。
いろいろ言われることは気にならない。
実際既に知ってることには興味を持たなかったし、誰かが何か言うたびに反応するのもうっとおしかったし、そんなことを敬遠するうちに表情は知らずうちに険しくなっていたりもしたし。
それが俺だと言われればそうなのかもしれない。
どれが本当の俺かなんて興味もなかった。


医学の道を志した頃、松本が言った。

「そんなの入江くんらしくないわ」

何の話題だったか、多分医学部に変更したこと、その理由、そんなものを話していたかもしれない。そもそも干渉されるのは嫌だったし。

「俺らしいって、どんなの」

俺の問いに一瞬詰まった顔をした後、「だって、何でもできるから、もっとスマートにこなしそうなものなのに」と言った。
学部を変更したばかりで遅れていた分を取り戻すため、今までになく必死だった。
医学は今までの知識とは全く違う。
知らないことだらけで、覚えることも今までとは比較にならないくらい多い。
それが苦痛だったかと言うとそうではない。
むしろ未知の世界に触れて、可能性が広がったのだ。
まだ自分の知らなかったことは世の中にあふれている。
頭で知ってはいても、実際にその世界に触れるのとはわけが違う。

「これでも必死なんだよ」
「そうは見えないわ」

そんなことはどっちでもいい。
ただ本を読んでいるだけの仕草が必死に見えなくても、別に構わない。
今までの姿と何が違うとあげつらう必要もない。
自分の必死さを自分が一番良く知っているのだから。

「入江くん、今までになくのめりこんでるよね」

俺の姿を見た琴子が言った。

「だったら、邪魔するなよ」
「わかってる。でも大変だけど、本当に楽しそうに勉強してるから」
「それならもうこっち来るな」
「ちぇーっ。じゃあね、入江くん」

そう言って名残惜しそうに去っていく姿を横目で見た。
あいつにだけは医者になりたいと打ち明けた。
少し弱気になっていたのかもしれない。
医学部に移ってから、今までになく俺が楽しそうに見えるらしい。
理工学部でそれほどつまらなさそうな顔をしていたのか。
ただ一人、家族にも言わなかったことを打ち明けたのは、わかってほしかったからか。
今までの俺なら、きっとそんなことは思いもしなかっただろう。
それでも、一所懸命に将来が、と慰めのつもりでかけてきた言葉を聞きながら、きっかけを作ってくれたこいつにだけは、言ってもいいのかもしれないと思ったのだ。

本当に、それは俺らしくないことだったかもしれない。
あいつだけは、 らしくない と言わないからかもしれない。

(2013/11/18)

*    *    *

あとがき→ブログ

*    *    *







今までに出会った中で一番の理想の人。
そりゃもう一目見てその麗しい顔に理知的な頭脳、そのストイックなまでの行動ぶりにあたしよりも身長の高いその姿。
どことなく上品で、滅多に笑わないその容貌も冴え冴えとしていて、それすらも魅力的。
なのに…もう結婚してるってどういうこと〜〜〜〜〜。

「いい男っていうのは、誰もが放っておかないものなのね」

そう思ったのは、斗南に入学してすぐの頃。
看護学部に合格して意気揚々と斗南のキャンパスを訪れた日のことを思い出すわ。
入学前に少し様子を知っておこうと歩いていたときのこと。
それこそそこだけがぱあっと明るく見えたくらい眩しいオーラを感じたの。
近寄りがたいくらいの美丈夫オーラに当てられて、あたしは息も絶え絶え。
それでもその人のことが忘れらず、名前をこっそり確認までしたのよ。
入学してすぐにあの端正な容姿に気づく目ざとい女たちに気づいたあたしは、抜け駆けしないようにファンクラブを作ることにしたわけ。
ああ、もちろん既婚者だからっていうのもあったからよ。
でも、いまいち奥さんというのがわからなくて。
今思えば、入江さんの周りをちょろちょろしていたあのベビーフェイスがそうだったとは、迂闊だったわ。
だって、入江さんがあまりにもな態度だったものだから、まさかとか思うわよ。
あたしの中では周りをうろつく女は全て消去済み。
あたしの視界は常に入江さん一人よ。

そうしたところに入江さんの奥様登場は衝撃だったわ。
ドジで、まあ美人とは言い難いけどそれなりの顔で、正直頭も悪そうーなの。実際よく看護学部に受かったと思ったくらいよ。それも入江さんの特訓があってこそよね。
そんな琴子を入江さんが選んだっていうだけで、なんて心が広い人かしらって思ったわ。
数いる女を軒並み振りまくっていたわけだし。
それがどんな美人でも才女でもお構いなし。
あの琴子が入江さんに選ばれるだけの価値のある女なのかしらって観察しているうちに、あたしもようやく悟ったわけ。
バカみたいに素直。良くも悪くも。
媚びないし、直球勝負。もう少し小細工したらって思うわ。頭悪いせいかしら。
他の誰といるときにも変わらない表情が、琴子といるときだけ変わるっていうのは、ポイント高いわねぇ。
一人でいるときでさえ、笑っているところを見かけたら、たいていはその視界に琴子がいるときね。
でこぼこ夫婦なのに、一緒にいると違和感もないってわけわかんない。

なんていうか、あたしは太刀打ちできないって思ったわけよ。
あの入江さんが浮気するはずないってわかっているくせに心配して騒ぐのを見るとちょっとイライラしてわざと焚きつけちゃったりもしたのに、落ち込んでいるのを見ると慰めたくなるのよね。
もう、仕方がないわね。
入江さんの付属品として認めてあげるわ。
それこそ替えのきかないやつね。
あの二人を見ていると、結婚してもいいかなって思うわ。
怒ったり、怒られたり、けんかしたり、それこそ落ち着かない夫婦だけど。


おおまけにまけて、 理想の夫婦 ってことにしてあげるわ。

(2013/11/19)

*    *    *

あとがき→
ブログ

*    *    *







家に帰ることにさほどの意味はなかった。
着替えを取替え、洗い物を洗濯機に突っ込み、少しばかりの食料を冷蔵庫から取り出し、シャワーを浴びて、自分のベッドで眠る。
丸一日部屋で過ごすことも少ない。
その大半は眠ることに費やされる。
既に汚くなければそれでいい、下着は取り替えてさえあればいい、シャワーは手術後のついででいい。
そんな気分になってきていた。
家に帰る唯一の理由、それが電話だった。
他人の前で電話するのは趣味じゃない。
結婚していることを珍しげにつついてくるやつも多いし、何より電話代がかかる。
いつもタイミングよく家に帰りついていれば上出来。
たいていは既に夜中。
ようやく帰ってもいいと許可が出た夜勤を経た翌日の夜。
タフだと言われながらも既に限界近い時間。
家の玄関ドアを閉めた瞬間に襲ってくる眠気に仕方なくベッドに寝転がる日もある。
そんなときでも、ボタンを押すと聞こえてくるのは琴子の声。
今はここにいない声を聞きながら、いつの間にか眠ってしまう。
ほぼ毎日の報告。
それなのにこちらかの電話は三日に一度できれば上等で、下手をすると一週間。タイミングが悪ければ二週間も放置だ。
電話をする気がないわけじゃない。
しようと思っているうちに向こうからかかってくる。
琴子は話ができればとりあえずそれで満足するからだ。
いろいろな報告をしながら、会いたいとはなかなか言わない。
言うと止まらなくなるのがわかっているからだ。
今はこちらも忙しくて、会いたいと言われても叶えてやる余裕がない。
研修はようやく半年を過ぎてますます任される仕事の量が増えてくる。
受け持つ患者もどんどん増えて、手術に入る件数も増える。
これはありがたいことだから断ることもできない。
琴子が気にならないわけじゃないが、あいつは一人じゃない。
それに同じく医療者の道を行こうというのだから、忙しい理由もわかっているはずだ。
そうは思っても、時間ができれば家に帰ってくるようにしている。
自分のモチベーションの下がりも疲れも、結局は家に帰ってこなければリセットされないのだ。
電話のボタンを押すことでリセットされるなら、これほど安い癒しはないかもしれない。
医局の汚いソファで寝転がる日、椅子と机で突っ伏して眠る日には得られない。
内容的にはたわいのないどうでもいいような話もそれは琴子の日常。
どんな風に過ごしているのか、泣いていないか、それこそ手に取るようにわかることもある。
電気屋で電話を買ったときも、一番録音件数が多いものを選んだのは正解だった。


それを聞くためだけに家に帰る。
吹き込まれては消される 留守番電話 の君の声。

(2013/11/20)

<*    *    *

あとがき→
ブログ

*    *    *




入江くんが忙しいのはもちろんわかってた。
あたしに構えないからと一人で神戸に行くと決めたくらい。
あたしはわかっているようでわかっていなかったのかもしれない。
それまでだって入江くんはずっと勉強していて、一所懸命いいお医者さんになろうとしていたこと。
神戸に電話しても、繋がるのは留守番電話ばかり。
入江くんが直接出たためしなんて数えるほどしかない。
それも眠そうだったり、声が少し疲れていたり。
家に帰ってくる暇もないだなんて、働く人の健康をなんだと思ってるのよ。
それでも入江くんはまだ体力もあるからましなんだって。
入江くんのマンションなんて、必要最低限のものしか揃っていないのに、それで十分まかなえてしまうほど家に帰る暇がないってことよね。
入江くんの声が聞きたいのは山々だけど、入江くんが倒れないようにちゃんと眠ってくれているのかも心配。
ごくたまにかかってくる電話はとても大切。
部屋でゆっくり会話できるようにコードレスの電話機を買ってくれたお義母さん。
だから部屋に電話を持ち込んで、神戸の入江くんに電話をする。
電話ではどうしてもくだらないことばかりしゃべってしまう。
そんなあたしの会話はつまらないかな。
時には途中で入江くんの寝息が聞こえることもある。
あたしは名残惜しいけどそっと電話を切る。
いつもあれをしゃべろう、これをしゃべろうと思うのに、肝心なことは一つも言えないまま電話を切る。
本当に言いたい言葉は口には出せない。
出してしまったら、しばらくそれにとらわれてしまう。
あたしだって実習があったりテストがあったり、それこそそろそろ国家試験の勉強だって始めなければいけなかったり、卒業論文の題材を探さないといけない。
入江くんはいつもあたしの勉強の心配ばかり。
国家試験に合格しなければ、今までの勉強も無駄になってしまう。
そりゃ国家試験は毎年やってくるけど、入江くんとこれ以上離れているのは辛い。
それに、あたし一人だけ不合格なんてそんな恐ろしいこと…!
そうよ、ただでさえみんなよりも年上なのに。
だから、あたしはここでがんばるって決めたの。

『御用の方は、ピーという発信音の後に…』

今日もまた入江くんは留守らしい。
すっかり留守電に慣れてしまったけど、しゃべっているうちにどれだけ残り時間があるのかさっぱりわからなくなり、いつも話の途中で切れてしまう。

「い、入江くん、あの、今度の結婚記念日なんだけど、ちょっとでも記念日を入江くんも思ってほしくて、宅配でちょっとしたものを送ったから受け取ってね。
えーと、生ものじゃないから大丈夫だよ」

結婚記念日は、いつもうるさいと思われながらお祝いしていた。
入江くんはどうだかわからないけど、あたしにとっては出発の日。
入江くんと夫婦として歩き始めた日。
好きで好きで、離れられなくて、忘れられなくて。
たとえ入江くんと一緒になれなくてもずっと入江くんを想って生きていこうと思った。
そんな思いをリセットした日。
入江くんの妻として生きていくんだって思った日。

「入江くん、やっぱり、会いたいよ…」
『ピー』

受話器を見つめ、あたしは膝を抱える。
言いたくなかった。伝えたくなかった。
入江くんを心配させてしまうから。
でも言わずにはいられなかった。
あたしはここまで人を好きになれるんだって知った。
あたしの全身全霊をかけて愛してるって言える人。

これがあたしの 恋情

(2013/11/21)

*    *    *

あとがき→
ブログ

*    *    *







式の始まる前に挨拶に行くと、緊張した様子もなく椅子に座ってリラックスした感じだった。
こんなときでさえ余裕なやつ。
「おめでとう」と挨拶すると「ああ、ありがとう」とこれまた落ち着いた返事。
「琴子ちゃんは?」
「さあ。追い返された」
様子を見に行ったら、控え室からあのおふくろさんが出てきて追い返されたらしい。
「心配なんだろ」
そう言うと少し嫌そうに「あの琴子だぞ」と顔をしかめた。
「ま、まあ、想像は出来るけど、いくらなんでも結婚式でそんな大それたことしないだろ」
「そう思うか?本当に?」
そうすごまれて、思わず言葉に詰まる。
「…多分」
琴子ちゃんには悪いけど、そう答えるのが精一杯だった。
前科があるからね。
「おれの言った通りになっただろ」
入江は少しだけ眉を上げて面白そうにこちらを見た。
「…ああ、そうだな」
満足して笑うと、式に出るために控え室を出ようとした。
そのおれの背中にあいつは言った。
「急な式に来てくれてありがとう」
ついぞこれほど愁傷なありがとうなんて言葉を在学中に聞いたことがなかったおれは、思わずにんまりと笑っていた。
あえて振り向くこともせず式の会場となっているチャペルへと向かう。
誰よりも早く結婚するとはなぁ。
そんな感慨深さをあれこれ思っていると、顔は不機嫌ながらものすごい美人が歩いてきた。
「こうなることはわかっていたけど、いくらなんでも急すぎるわよ」
その隣にはよく似た美人も。もちろん彼氏つきって感じだけれど。
察するに、あの不機嫌顔の美人は、入江に惚れていたわけだ。相変わらず罪作りなやつだよな。
「まあまあ、お姉ちゃん。琴子さんきれいだったじゃない」
「当たり前でしょ。こんな日は花嫁が一番で当たり前なのよ。こんな日でもあたしのほうが美人なのは間違いないけど、あの入江さんと結婚するあの子がきれいで当たり前なのよ」
「もう、お姉ちゃんたら、ちょっとは素直になったら?」
「くくく…。裕子さんは失恋したばっかりなんだから仕方がないよ」
「し、失礼ね」
「だってさ、あの二人の間に最後まで割り込もうとしたなんて、ある意味勇者だと思うけどな。おれだって途中でさすがに察して身を引いたし。ただのあて馬みたいなもんだったよな」
大学で一緒の人たちなんだろう。
でもそんな会話でも彼らが大学でも高校と同じような光景を繰り広げていたのがわかる。
素っ気無い態度をとりながら、きっと傍目には両想いみたいなもんだったんだろう。
「…わかってたわよ」
ふんとばかりに美人は顔を上げて歩き出す。
その潔いまでのプライド。
それでも二人の結婚式にちゃんと出てくる辺り、なかなかいい女だと思うよ。
もちろんそんなことは口にできなかったけれど。

式は始まったが、何故か入江の機嫌は戻っていない。
何かあったのかもしれないが、式にあの仏頂面はないだろ。
そう思っていたら、琴子ちゃんがお父さんと入ってきた途端、入江の顔は解けたように柔和になった。
そりゃそうだよな。あんなきれいな琴子ちゃんの姿を見て仏頂面だったら、それこそ後でみんなに責められるよ。
思ったより式は滞りなく進む。
大きな失敗もなく(小さな失敗はあったようだけれど)、琴子ちゃんから誓いのキスもあって、式は大いに盛り上がった。
本来は盛り上げるようなものじゃないけれど、あの二人の式だしね。
披露宴も大いに盛り上がった。
幼少時の入江とかさ。
卒業式の日にちらりと聞いてはいたけれど、本当に女の子として育てられてたんだ。
初めて出る結婚式だからよくわからないけれど、多分近頃にないくらい派手な結婚式だったと思う。
式場の人いわく、レーザーあり、ゴンドラあり、スモークありで、式場の歴史に残るくらいなんでも盛り込みのさすがパンダイ社長子息の結婚式という感じらしい。入江のおふくろさんならやりかねないよな。
入江には悪いけれど、おれの時はもっと地味な結婚式にしようと誓ったくらいだ。
披露宴も終わった後で、廊下の隅で琴子ちゃんが懸命になだめているのに出くわした。
「あの写真はあたしも知らなかったんだってば」
琴子ちゃんも必死だ。
「全部があたしの希望じゃないけど、おばさ…お義母さんがどうしてもやりたかったんだって」
それでも入江のこめかみには血管がくっきりと浮かんでいる。
「もう、終わったんだからそんなに怒らないでよぉ。それに結婚式は花嫁が主役だってお義母さんが言うから」
「そんな決まりあるかっ」
「…入江…そりゃ仕方ないよ」
思わず笑いながらつい声をかけてしまった。
こちらに気がついた琴子ちゃんは、ばつが悪そうに肩をすくめる。
「渡辺…」
「そりゃ法律に制定されてるわけじゃないけど、世の中の仕組みって言うのは、法律も変えていくもんなんだよ。結婚式のことだけは、花嫁が決めたことなら花婿であるおまえは黙って従うのが世の中の法律だよ」
いけしゃあしゃあとそう嘯くと、入江は少し顔をしかめた後言い放った。
「もう二度とこんな式しないからなっ」
「ああ、入江くん、みんなのお見送りが〜〜〜〜」
入江は怒って歩き去り、琴子ちゃんはそれを追いかけていった。
思わず二人を見送りながら笑ってしまった。
離婚する気も他の人と結婚する気もないならば、二度目の式を挙げる機会なんてそうそうないだろうよ。


本当におめでとう。
いつかこの日が懐かしく思い出されることを願うよ。
六法全書にも載っていない 結婚式の掟をこなした君へ。

(2013/11/22)

*    *    *

あとがき→
ブログ

*    *    *