美容師は身を滅ぼす
最近アバンギャルドな女性たちからちょっと指名を受けてる僕。
なんと言っても流行の最先端を行くようでなければ、美容師として生き残れないっしょ。
作者注:アバンギャルド:元は前衛を意味するフランス軍用語(…らしい)。おしゃれな分野で前衛的な意味合いで使ってる(らしい…知らんけど)。
* * *
「いらっしゃいませー」
ふんふんふん、ご主人とデートね。へー、夫婦でデート、いいじゃない!
ホテルで食事?
それならおしゃれにいかなきゃね。
今一番いけてる髪型は…っと。
そうそう、こんなふうにちょっと髪をまとめて、前髪をサラッと上げて…。
うん、これこれ。
あ、ちょっと時間かかりすぎちゃったかな。
お客さんったら、お若いのに疲れちゃったのかな。
なんとなく顔が青ざめてる?じゃあ早く終わらせなきゃね。
「うん、いけてる!」
「い、いけて…ますかね…?」
「大丈夫、大丈夫、ステキ!」
「そ、そうですか…はははは…」
「ありがとうございましたー!行ってらっしゃい、ステキな夜を!」
ふー、我ながらいい仕事した。
その後、その独創的な髪形にますます注目が集まり、美容師としてちょっと有名になってきた。
そのうちパリコレなんかにもご指名受けちゃったりなんかして?
* * *
「ここ、ですね」
「はい、いらっしゃいませ」
「よ、予約していた船津ですが」
「はい、船津さん、初めまして。こちらへどうぞ〜」
「え、あ、はい」
「それで、今日はどんな風に?」
「あのー、その、い、いけてる髪型に…」
「いけてる髪型に!お任せください!」
ふむふむ、これはまたよく見たら、なかなかのイケメンじゃないの。
しかも折よく髪も程よく伸びてるし。
これはちょっと試したい髪型があるんだよね。
シャキシャキとハサミの音が響く中、何か話題…っと。
「そう言えば、このお店を何でお知りになったんですか」
「あー、それはですね、愛する真里奈さんに聞いたんです」
愛する…まりなさん…。
恋人?
「そうなんですねー。そのまりなさんは、このお店を利用したことが?」
「それは琴子さんが来たことがあると」
「へー、お知り合いの方ですか」
「…ええ、まあ」
そう言って船津さんは黙り込んだ。
また新しい女性の名前が出てきたけれど、顧客の中にいたかなぁ?
あ、もしかしたら。
「ご主人と夫婦で誕生日のディナーをするとか言っていた方かな?」
「え、さすがですね。確かに先日そのために彼女の夫の仕事を替わったんですよ」
「それじゃあ、あなたもお医者さんですか?」
「ええ、そうです」
「すごいんですねー。今日はそのまりなさんとデートのお約束でも?」
「ええ!」
なるほど。
これは気合を入れないと。
そうやって仕上げた髪は、思ったよりいいんじゃないかな。
知的な感じからちょっとイメチェンして、ちょい悪な感じに仕上がった。
「これであなたのまりなさんもメロメロですよ」
「…メロメロ…」
なかなかネガティブな人だな。
「さあ!自信をもって!」
「そ、そうですね…」
船津さんは何度か鏡を見直して帰っていった。
「ありがとうございましたー!」
ふう、いい仕事した!
* * *
「ちょっと!どうしたのよ、その頭!」
「どうですか、真里奈さん!」
「どうしたもこうしたもないわよ。そんな頭で一緒に歩くのはイヤヨ!」
「でもこれがちょい悪な感じでイメチェンだと」
「いいから、直してきて」
「え、でも」
「真里奈さんお勧めの美容院だったんですが」
「あー?あそこは、琴子が超ひっどい髪型にされたってところでしょ。最先端だか何だか知らないけど、明らかに琴子も船津さんも合わないでしょーが!いいから直してきて!」
「ま、真里奈さんがそう言うならば…」
「まったく!何考えてんのかしら。チョイ悪って、何、チョイ悪って。どう見ても地獄からよみがえったゾンビでしょ!」
その後、その美容室がどうなったのかは誰も知らない。
(2023/11/03)