イタKiss期間2023



紀子のブギウギでらんまんな人生


紀子の若い頃、それはそれは華やかなものが出始めた頃で、ミニスカートもはしたないと言われつつ勇んで履いたものだった。
何がいけないと言って、紀子の生まれた九州某地方はかなりの田舎で、祖父が事業を、家業としては農家をしていたため衣食住にはそれほど困らず、学業もその頃にしてはきちんと進学させてくれたくらい余裕はあったのだ。
しかし、その頃からあれこれと楽しいことに目のない性格には田舎は退屈で、なんとしてもいずれは東京大阪辺りまで行きたいと思っていた日々だった。

大阪に行けば宝塚歌劇団もある。実際には兵庫だが、細かいことは気にしない。
実はちょっとだけ宝塚音楽学校に憧れていた。
歌に踊りに何より華やかな衣装に魅了され、いつかあんな舞台に立ってみたいとさえ思っていたが、何せ家には堅物の父。そんな舞台人などというものになることは許されなかった。
というよりも本心からなりたければ家から出るのも厭わないが、何よりも才能と努力が足りないことを紀子は知っていた。
憧れだけにとどめ、いつか舞台を見に行きたいと思うくらいだった。
仕方なく、地元九州は女子学校であれこれと自分たちで企画しては楽しんで、思えばこの頃からいろいろと策を練り、人を驚かせたりするのが好きだったのだ。
いよいよ女子学校も卒業というときになり、紀子は大いに迷った。
できれば大学に行きたい。
もう少しこのまま学生をやっていたい。
そして、できるなら九州からもう少し自由な世界に行きたい。
しかし、さすがに田舎育ちの女子学生には都会は遠すぎた。

ある日、紀子は運命の出会いを果たす。
本当は別の男との見合いが組まれていた。
九州から出たい主張する紀子を留め置くには、近場の男と見合いさせて結婚させるに限る。
そんな思惑を親たちは持っていた。
ところが。
紀子が選んだのはちょっと年上だけれど、優しい男だった重樹と知り合い、結婚することになる。
なんとその時まだ十八歳。
これを逃しては紀子に未来はない、とまで思いつめた。
重樹と出会った頃はまだ東京でおもちゃ会社を興したという重樹の父の後を継いで、いよいよ株式会社として大きく成長させていこうとした矢先だった。
墓参りで訪れた帰省で出会ったのだから、何がどうなってこうなったのか周囲にはいきなりすぎたことだろう。
重樹もここぞとばかりに紀子との結婚に向けて努力した。
何せ歳の差婚。見栄えは正直よろしくない。しいて言えば人のよさそうなところと財力が安心材料か。
しかし、紀子の両親としては心配なことが遥か遠い東京に娘を嫁にやらねばならないことだった。
たとえ重樹の地元が同じ佐賀だとしてもだ。
両親の心配など蹴とばす勢いで紀子は重樹との結婚を進めたのだった。
紀子の粘り勝ちだった。
もちろん紀子が九州から出たいがために重樹と結婚したわけではない。
何せ出会った場所は佐賀であり、自分の職業はおもちゃを作っていると恥ずかしそうに言っただけで、まさか東京で会社を経営する立場などと知ったのは、結婚を承諾した後だったのだから。
結果的に紀子は九州を出て東京へ向かうことになったのだ。
驚いて、いざ九州を出て行こうとなったときには、すぐに泣いて帰ったりはしないだろうかと紀子自身が心配することになったのだった。

それからの紀子は、内助の功よろしく重樹を助け、会社はますます大きく成長し、長男直樹を生む頃には立派な会社の社長として重樹は一端の実業家として名を馳せることになった。
そして、大いに東京生活を満喫した。
戸惑うばかりの大都会も、持ち前のバイタイリティで乗り越えた。
時々出会うどこかの会社の社長夫人とやらに若さゆえに嫌味を言われたり、あれこれ意地悪なこともされたが、そんなのは序の口で、あちこちで重樹とともに顔を出すようにしていくうちにあからさまな嫌がらせも減っていった。
まさに二人三脚。
夫の成功の陰にこの夫人あり、だ。

 * * *

「琴子ちゃーん、お茶にしましょう」
「はーい」

一息入れようと琴子ちゃんをお茶に誘った。
息子しか生まれなくて残念だったけど、かわいい嫁も来て、しかも同居してくれて、言うことなしね!

「あ、これ、お義母さんの若いときの写真」

つい整理のために写真を広げてしまっていた。
改めて写真を入れ替えるためだ。
昨今はデジタルが流行りだけれど、やはりちゃんとプリントして飾るのが紀子は好きだ。
若かりし頃の紀子と重樹。
そして、生まれたばかりの直樹と裕樹。
琴子ちゃんと直樹の結婚写真。
家族全員での写真。
ここにそのうち好美ちゃんも加わるかしらねぇ。

「そうよぉ。いろいろあったわねぇ」
「そのいろいろとは…」
「パパと結婚するって言ったら、最初は反対されて〜」
「それでそれで?」
「うふふ、でもパパったら、ちゃあんと守ってくれるって宣言してくれて」
「きゃあぁ、それで、それで?」
「東京出てきたときは、もう、本当に大変で」
「へぇ。お義母さんのことだから、何でもうまくやってこれたと思ってました」

そんな昔話に花が咲く。
あの時、重樹の手を取ってこの人と生きていくと決意したあの気持ちは、今なお続いている。
人生に間違ってるとか、失敗なんて存在しない、と紀子は思う。
どれもなるようにしてなった結果だと。
間違いだなんて思っても、もう一度同じ時を巡っても同じ選択しかしないかもしれないし、失敗だと思っても、結果的にうまくいくかもしれない。
後悔することももちろんある。
今思い出せば恥ずかしくなるようなことだって数えきれない。
やりたいようにやることで周りが驚いたり戸惑ったり、時には怒らせるようなことも困らせるようなこともある。
ま、まあそうね。直樹にはちょっと悪いことしたとは思っているわよ。

「琴子ちゃん、直樹をこれからもよろしくね」
「はい、任せてください!」

琴子ちゃんは胸をどんと叩いて請け負った。

「あまり任せたくはねーよな、どっちかと言うと」
「入江くん!」

音もなく直樹が現れた。
あらいつの間に。寝てたと思ったのに。

「またこんなの広げやがって」
「まあまあまあまあ」

写真を見て舌打ちをする直樹を琴子ちゃんがなだめる。
捨てられちゃ困るから、直樹が拾い上げる前に素早く写真を回収する。

「ご飯まだー?」

裕樹もリビングに入ってきた。
琴子ちゃんに対していろいろ言うけれど、すっかりなじんでいる。

玄関のインターフォンが鳴る。

「あ、パパよ」

玄関へと向かうと、鍵を開けて重樹が入ってきた。

「ただいま、紀ちゃん」
「おかえりなさい」

『このまま借金を背負ってしまったら、離婚して自由になってもいいんだよ』

あの日、あなたはそう言ったけれど。

『いいえ。一生あなたについていくわ』

だって、あなたがいないとさみしくて、幸せな気分になれないじゃない。
いつかあなたが先に逝ってしまってもいいように、今のうち幸せな気分をいっぱい味わっておかなきゃね。

「今日も我が家は賑やかだね」

リビングのほうを見やって笑った。

「ええ。皆、仲良く待ってましたよ」
「おや、それは悪かったね」

あなたとなら一生穏やかで仲良く暮らしていけるって思ったの。

「あ、お義父さんおかえりなさい」
「パパ、おかえりなさい」
「…おかえり」
「ただいま、待たせたね。さあ、ご飯にしようか」
「ええ!」

ほら、あなたを選んだ私の人生、悪くはないでしょ。

(2023/11/21)