花束を君に



『花束の向こうに』おまけ編その1



「はい、入江です」

「…もしもし、お兄ちゃん?」

「…裕樹か」

「うん」

「どうしたんだ?」

「それがさぁ、琴子のやつ、今頃卒業論文再提出になって」

「…卒業できないのか?」

「まあ、卒業式までに再提出すればいいみたいなんだけど」

「ふーん」

「あんなひどい論文じゃ、再提出になってもおかしくはないけどね」

「で、裕樹が手伝ってやるんだ」

「だって、バカなんだ、琴子」

「今に始まったことじゃないだろ」

「そうだけどさぁ、僕だってそんなに暇なわけじゃないのに」

「…悪いな、裕樹」

「…い、いいけどさ」

「琴子からそんな電話なかったな」

「お兄ちゃんに言えるわけないよ、卒業できないなんてさ」

「そうだな…」

「なんで高校生の僕が看護婦の勉強しなくちゃならないんだよ。
おかげで学校にも行っていないのに試験に受かっちゃうくらいだよ」

「看護士になるか?」

「お兄ちゃん!!
とにかく、そういうことだから、卒業だけはできるようにさせるけど、またわからなかったら電話するかも」

「ああ。ありがとう、裕樹」

「…お兄ちゃん、忙しい?」

「うん?まあ、結構な」

「卒業式の日って、確か手術なんだよね」

「ああ」

「……あいつ、またそろそろ限界かも」

「…そうか」

「そ、そういうことだからっ。
それじゃあね、お兄ちゃん」

「またな、裕樹」


受話器を置いて、ため息をつく。
カレンダーと時計を交互に見つめながら、もう一度受話器を握る。


「はい、こちら…」
「3月…日の羽田行きのチケットは…」


無事に用件を終えて、ひとり微笑む。
再度受話器を握り、慣れた電話番号を押す。


「はい、入江です」
「琴子?」
「入江くん!聞いてよ、入江くん」
「どうした」
「それが…。
あ…。な、なんでもない」
「そう?ところで、ちゃんと卒業できるんだろうな」

ガタッ。
ガタタッ。

「ご、ごめん、受話器が落ちちゃって。手が滑っちゃった。あはは」

ぷっと思わず吹き出す。

「な、なに?」
「…いや、なんでもないよ。相変わらずだな」
「あ、そうだ。昨日ね、お義母さんが頼んでくれた袴がきて…」


弾んだ声を聞きながら、夜は更けていく…。




「花束の向こうに」おまけ編その1 花束を君に
(2006.04.15)−Fin−