Christmas Express



150000Hitキリリク ronさま


帰ってくる…!

突然の電話に琴子は受話器を落としそうなほど驚いた。
今年は絶対に無理だと思っていた。
遠い街からの声を聞いた瞬間、それだけで泣くほどうれしかったのに。


琴子はクリスマスの道を急ぎながら、それでもきらびやかなショーウインドーの目を留める。

…あ、これ、入江くんにいいかも。

時計を見る。

うん、まだもう少し大丈夫。

すっかり夜になった街だったが、人通りがまだ絶えない。
こんなクリスマスの夜には、誰もが夢見心地で歩いている。

キー、カラン、カラン…。

とっさに思いついたにしては、なかなかいい色だと思った。
ブルーグレーの微妙な色合いの帽子。

「これ、ください」

ショーウインドーの商品を指差して、琴子は店員に言った。
閉店間際にもかかわらず、まだ店の中には客もいた。
琴子が声をあげると、他の客はチラッと見たが、すぐにまた自分の持っている商品に目を移した。
誰もが時間がないのだ。

包んでもらっている間、琴子は時間が気になって仕方がなかった。
もうすぐ会えると思うと、胸が苦しくなってくる。
ずっと会いたくて頑張ってきた。
本当は明日会いに行くつもりだった。
どうして急に帰ってくることになったのか、
それは確かに疑問だったが、今はそんなことどうでもいい気がした。

ただ会える。

それだけが琴子の今の全て。

商品を受け取り、お金を払うと、また琴子は街に身を滑り込ませる。
また早足で街を抜けていく。
店に寄った時間は、自分の足で稼ぐしかない。
電車はほぼ時間通りなのだから。

クリスマスも終わりに近づく足音がする。
このイルミネーションも、明日には外されて、明日からは年始に向けたイルミネーションに替わるのだろう。
もちろんクリスマスと比べてなんらあまり替わり映えもしないかもしれないが、
少なくともクリスマスは今日までだ。

時々ショーウインドーに映る自分を見る。
久しぶりに会うのだから、きれいな自分で会いたい。
そう思って、今から帰るという電話の後に念入りに化粧をした。
服を選ぶのに時間がかかり、家を出るのが遅れた。
寒かったので上着と一緒に帽子もかぶることにした。
途中でそれは後悔した。
走ると帽子が脱げそうになり、押さえると髪がもつれる。
長い髪は緩やかな三つ編みに仕上げたが、既に少しほつれている。
もちろんそう仕上げたと言ってしまえば、通らないこともない。

華やかな街並みは、それだけで気分を高揚させる。
クリスマスソングが流れるのが聴こえる。
売れ残りそうなケーキを必死に売る声。
既に暇をもてあましたサンタ。
それら全てが今日で終わるなんて。

やっと駅に着くと、時計が目に入る。
時間はどんどん過ぎる。
待っている時間は長いのに、
遅れそうなときはどうして進むのが早いんだろう。
早く会いたい。
でも早すぎるのは困る。
そんな矛盾した思いを抱えて、琴子はホームへと急ぐ。

駅の中は街とは違ってざわめいていた。
街中では放たれる声も音も、中でぶつかり合って響きあう。
はっきりとはしないざわめきの中を駆け抜ける。
一度は帽子が目の前に下がり、その拍子に誰かにぶつかった。
帽子も抱えていたプレゼントも下に落とした。
ぶつかった人に謝りながら、それらを拾い上げる。
ほこりを少し払って、また猛然と走り出した。

琴子は急いで切符を買って、すぐに来た電車に飛び乗った。
新幹線が着く時間までに間に合うだろうか。
外を見ると少しだけ雪がちらついていた。
もしもこのまま雪が積もってしまうと、新幹線のダイヤが乱れてしまう。
ホワイトクリスマスはうれしいが、これ以上降らないでほしい。
勝手な思いを天に向かって願ってしまう。
少しずつ近づく思いは、こもった車内の空気でさらに息苦しくなる。
窓に息がかかり、外の景色を曇らせる。

ガタンガタン…ドキドキ…。

電車の音に胸の音が重なる。
駅に着くたびにひやりと冷えた空気が琴子の頬を冷ます。
それでも内側から湧き上がる熱さが冷めることがない。

目的の駅に着くと、ドアが開くのももどかしく、少し足踏みまでしてしまう。
そのまま、また走ってホームを駆け抜ける。
新幹線の出口まであと少し。
途中で時計を眺める。

うん、まだ大丈夫。

やっと出口が見えてきたところで立ち止まり、柱の影に立って深呼吸をする。
乱れた髪を整える。
どっと吐き出されてくる人の中に、まだ待ち人はいない。

いくらなんでもまだ早すぎる…とは思う。

柱にもたれて時計と時刻表を眺める。

博多発…。

どの電車で来るのかわからなかった。
こちらに着く電車ももう残り少ないにもかかわらず、次の電車が着くまではまだ長い。
それでもこの場を離れるのはためらわれた。
大阪発でも名古屋発でもない。
新神戸はそれよりも向こうにあるのだから、新神戸より先から来る電車だけに気をつけておけばいい。

それでも、琴子は柱にもたれて動かなかった。
もし今日中に着かなくても、あきらめられないだろう。
ところどころに、同じように誰かを待つ人の姿があった。
出口から人が出てくるたびに一人減り、二人減り。
琴子はもう一つ向こうの柱に立っている女性と二人になってしまった。

恋人を待っているのだろうか。
ちゃんとおしゃれして、手には何かの紙袋。
もしかしたらプレゼントかもしれない。
琴子の手にはむき出しのままのプレゼントの包み。
手で抱えてきたので包装紙が少ししわになっている。
素直に袋に入れてもらえばよかったと後悔している。
せめて…と、もう一度髪を直すことにした。
ほつれかけていた髪を解き、何度か三つ編みを繰り返してみたが、どう頑張ってもうまく編めなかった。
緊張してるのか、寒いのか、指が少し震えて、編むそばから髪がするすると指から逃げていく。
あきらめて髪をほぐすことにした。
手ぐしで髪を直す。
結局いつもの髪型。

人影が少なくなってきた駅の構内に、駅員が歩く足音が響く。
いつの間にかあと30分もすれば日が変わる。
随分待った気がした。
少し向こうに行けば、まだ人がいるのがわかるが、新幹線の出口付近には女性と二人だけ。
あと10分したら最後の新幹線が着く。
手袋を忘れた手を少しだけさすって、出口を見つめる。

…まだ時間じゃない。

そして先ほどから不安だったことをつい考える。
もし出口がここじゃなかったら。
もし会えなかったら。
もし気づかなかったら。
本当はもう着いていてすれ違っていたら。

時計の針はようやく最終の時刻を示す。
案内板には唯一つの表示。

まだこんなに人がいるんだと驚くほどの人が出口から出てきた。
近くにいたあの女性は、待ち人を見つけたようだった。
いや、そんなところを見てる場合じゃないと琴子は思い直す。
もう一度出口に目を向け、だんだん泣きそうになる。

なんでいないんだろう。
もしかして乗り遅れちゃったのかな。

一人、二人と人が途切れていく。
琴子は胸が潰れそうな思いで立っていた。
それとも自分がこんな柱の影にいるから
気づかれずに行ってしまったんだろうか、と。
涙がこぼれそうになる。
下を向きかけて、瞬いた目から涙が一粒。

ガチャンと改札口の閉まる音。
はっとして琴子は前を向いた。

ゆっくりと近づいてくる人影。
背の高い姿。
荷物を片手に、腕時計を見ている。
すぐ近くに掛け時計があるのに…と少し微笑む。
その時計は忘れもしない、何年か前に同じくクリスマスに贈った時計だ。
琴子は我慢できなくなり、柱の影から飛び出した。

「入江くん!!」

まるで予想していたかのように余裕でこちらを見た。
それが悔しくて、でもうれしくて、琴子は荷物ごと飛びついていった。

少し迷惑そうな顔。
でも微笑んだその顔は琴子も知っている。
仕方がないと言いつつ、結局は琴子の頼みを聞いてくれる顔。
だから、思いっきり抱きついても怒らない。

「会えてよかった…」

泣き笑いしながら、待っていた人を見上げた。

「家で待ってろって言っただろ。…まあ、そんなこと言ってもおまえには無理か」
「入江くん、おかえりなさい」
「…ただいま。…って言うのは早いけどな」
「いいの。あたしが待ってたんだもん」
「…ああ、そうだな」
「それでね、これ、プレゼント」

そう言って琴子は包みを直樹に手渡した。
直樹は今ここで開けろと迫る琴子に一つため息をついて、仕方なしに包みを開ける。
がさがさと少ししわのよった包装紙を広げ、期待に満ちた目をこちらに向けてくるのを少し見ながら、ブルーグレーのそれを取り上げて見た。

「ふうん」
「あのね、さ、寒いから。それに、似合うと思って」
「ありがとう」

そう言ってさほどうれしそうな顔もしなければ、嫌そうな顔もせずにさりげなくそのまま帽子をかぶった。
それを見て、琴子はうれしそうに微笑んだ。

「メリークリスマス、入江くん」
「間に合ってよかったな」
「うん」

二人で肩を寄せ合って歩き出しながら、琴子は言った。

「…ねぇ、入江くん。あたしへのクリスマスプレゼントは?」

直樹は一瞬足を止めた後、また歩き出しながら、下から無邪気に覗き込む顔から目をそらす。

「…ないの?」
「………」
「わかってるからいいよ。ちょっと言ってみただけだもん」
「こんなところで出せるわけないだろ」
「…え?あるの?どこどこ?」
「…帰るぞ」
「えー、けち」
「け…」

少しにらんだが、腕を絡めて歩き続ける琴子には通じない。
まるで羽でもついているかのようにふわふわと歩き続けている。
だから。

「…琴子」
「何?」
「メリークリスマス」
「…うん」

直樹はそっと唇を合わせた。
クリスマスは終わる。
この隣を歩く無邪気な天使が空に帰ってしまわないように。

琴子が呼ばれて見上げると、唇が下りてきた。
甘い余韻にひたりながら、クリスマスが終わるまでに会えてよかったとしみじみ思う。
この隣を歩く背の高い気まぐれなサンタが、たとえ一時でもそばにいてくれるから。

Merry Christmas!



Christmas Express(2008/12/23)−Fin−