01 マシュマロよりも甘く
学会の資料を置き、疲れた目を休ませる。
「入江くん、コーヒー飲む?」
書斎のドアが静かに開いて、遠慮がちに声をかけてきた。
「ああ」
ちょうど欲しかった頃だと思いながら振り返ると、すでに手に持ったカップ二つ。
「へっへー、もうそろそろ休憩するかなと思って」
しっかり自分の分のカップも用意している辺りが笑える。
コーヒーの匂いに誘われて、受け取ってすぐに口にする。
思ったより熱い液体。
そして隣からは少し甘い匂い。
「…それは、何だ?」
コーヒーよりも濃く映る甘そうな液体。
「これはね、ココア。コーヒーだと眠れなくなっちゃうもん。それにココアは身体が温まるし」
上に羽織ったカーディガンが揺れるたびに、髪も揺れる。
「お前、またしっかり髪を乾かしてないだろう」
「そ、そんなことないよ」
「隣で眠る俺の身になれよ」
本当は、素直に風邪を引くとでも言えばいいのだろうが。
「あ、そうだ。これ入れようと思って持ってきたんだ」
聞いちゃいない…。
ため息をついている目の前で、なにやら白いものをカップに浮かべた。
「マシュマロ入れるとふわっと柔らかく溶けて、そして甘いんだぁ」
「ふーん」
興味なさそうに返事をしても、ちっともこたえていない。
「入江くんのにも入れてあげようか?甘いの摂ると脳にもいいって言うし」
ココアを飲む唇に白く泡がつく。
ビールを飲んだオヤジじゃあるまいし。
「いいよ、俺はこれで」
捕らえた唇は、微かにコーンスターチの粉っぽさ。
そして、甘い味。
ゆっくりと口の中の甘さを舌で掬い取り、唇のマシュマロを舐め取る。
真っ赤になってたたずむ琴子の手から、落とさないようにカップを取り上げる。
俺にはちょっと甘すぎるな。
マシュマロも、そして唇も。
「ごちそうさま」
そう笑った俺の目の前で座り込んでうつむきながら、小さな声で返した。
「ど、どういたしまして」
01 マシュマロよりも甘く(2006/12/20)−Fin−