4.知り尽したアナタの体





…別に最後なわけじゃない。
また会うまでの約束の代わり。
お互いのために決めたことだけど、それでも泣けてくるのは、知り尽くした体があなたを求め続けるから…。


琴子はぼんやりとそんなことを思い出していた。
何かの歌詞だったのか、自分で思いついたことなのか、定かではなかった。
翻弄されながら、身体だけは離れることを拒む。
明日にはいない、離れて暮らす二人が今だけは一つになれるように。
それこそ溶けて混ざって、自分の一部が付いていったなら、きっともっと安心できるのに。
自分の中に相手の一部が残ってくれたなら、それだけで心強いのに。
琴子は薄目を開けて切なく直樹を見上げた。

「入江くん、離れないで」

泣かないと決めたのは明日。
今日泣くのは仕方がない、と自分に言い訳しながら、汗ばんだ体をいっとき離した直樹に小さく言った。
離れたくないのは、自分だけじゃないと思いたい。
自分だけが好き過ぎて、どれだけくっついても物足りないなんて、今は気軽に言えない。
涙が出るのはさみしいだけじゃない。
自分をちゃんと体ごと愛してくれているのを知ったから。





「…琴子」

応えるように、離した琴子の体を引き寄せた直樹は、潤み始めた目の縁を少しだけ乱暴に擦る。
明日になれば、琴子はきっと泣かずに見送るだろう。
電車が見えなくなる頃、涙を流すかもしれないが、それまでは無理にでも笑顔でいるだろうとわかっていた。
優しくそっと扱えば、もっと離れがたくなる。
日に当たっていない部分の肌は、白くきめ細かい。
胸の微かなる谷間に唇を落として、きつく吸い上げる。
赤く残した跡は、いつまで持つだろう。
少し肌寒いのか、粟立った肌を撫で、ぷっくりと立ち上がった果実のような胸の先を口に含む。
これより他に口に入れたい実などない。

「う…ん…入江くん」

もぞもぞと身動きをして身を捩る。
離れたくないと言うくせに、刺激を与える手から逃げようとする。

「離すわけ、ないだろ」

何もそこまでと端から見れば思うほど抱きしめてがんじがらめにする。
その足の狭間をゆるく擦り上げ、まだ湿り気のあるそこを更に濡らしていく。
抱きしめた琴子の体が直樹に密着するほど、琴子の手も直樹の体を締め付ける。
背中を抱きしめるだけには飽き足らず、尻のラインまで手は動く。
それがたまらなくもどかしい。

「あたしの、だからね」
「…ああ」
「誰にも、触らせないで」
「おまえしか、知らないだろ」
「…ホント?」
「こっちもな」

その手を取ってそそり立ったものを握らせれば、その形をなぞるようにして擦る。
確かめるように握る手も、戸惑うような舌も悪くはないが、何よりもその中に入り込んでしまいたいという欲望は抑えきれない。
どれだけ攻め立ててもなお柔軟なそこは、他の誰かの場所なんて必要ない。
もう当分出さなくても多分問題ないだろうというほど放出していたが、それでもまた入れたくなるはどうしたわけだろう。

本当はこのまま連れて行ってしまいたかった。
手元に置いて離さず、その一挙一動に笑ったり、呆れたりしていたかった。
あれほど静かな生活が乱されるのを嫌がっていたのに。





もう夜明けが近かった。
少しは眠らないと明日、いやもう今日か、動けなくなってしまう。
そう思いながら二人は抱きしめあっていた。
次に会えるそのときまで。
こんなにも愛おしい体を手離すのが難しいとは、お互い思っていなかった。
どちらが先にまどろんだのか。
今はまだ、ひとときの夢を。

(2012/04/08)