5.ワガママ





この日だけはお互いにワガママ。
抱きしめて。
キスをして。
触れて。
撫でて。
甘く甘く、どこまでもワガママに。


仕事場で、あれほど偉そうにしている男が、家に帰ったら妻のなすがままだなんて、誰が想像するだろう。
あれほど夫に冷たくされている妻が、本当は誰の目にも触れさせたくないほどに包み込まれ、ただひたすら愛情を受けているのだ。
そんなことを誰かが想像するだけで睨まれるなんて、あの頃の誰が想像しただろう。


「ねえ、入江くん。
あたしと結婚してよかったでしょ」

そんなことを琴子が言うので、少しだけ顔をしかめてぼそりと言う。

「まだそんな口が利けるのか」

とろとろに溶けきった琴子の中を己自身で貫く。

「やあん」

そんなことを口では言っているだけで、キュッと締まって離さない。
これほど温かくて、柔らかくて、快感をもたらしてくれるものなどこの世にはないと思わされる。
何度挿れても飽き足らない。

結婚してよかったのかと問われれば、結婚なんてしなくても別に困らない。
結婚なんて制度があるからしたまでのこと。
世間的にはしておかないといろいろと困ったことになるから。
子どもができて、家族を作っていくのに、結婚という制度は必要だからだ。
相手を繋ぎ止めておくのに結婚することが必要と言われれば、結婚するのは構わない。
ただ、それだけ。

「結婚しなければ、おまえは俺から離れるのか」

不意にそんなことを口にする。
ゆっくりと注挿する腰の動きは止めない。

「う…ああ…ん、い、りえく…ん、無理」
「どっちが?」
「…どっちも…はあ…ん」

ため息のように零れる言葉は、ただ自分を安心させるためだけ。
繰り返し、それこそ毎年、同じようなことを会話していることに気がついているのだろうか。

ぴったりと肌を合わせて、唇を貪って、どこもかしこも擦れる感触を楽しむ。
喘ぐ琴子にほくそ笑んだり、煽られたり、これ以上はないほど密着しているというのに、まだ足りない気がする。
俺の『もっと』に応えてくれるのが愛おしい。
同じように『もっと』と要求してくるのも愛おしい。

「あ…もう、だ…」
「…もう?」

目を開けて、潤んだ目で見つめて、返事の代わりに「ん、ん…」と歯を食いしばっている。
ますます溢れ出る蜜に誘われるように腰を打ち付ける。
荒れ狂う海に漂うようにお互いに翻弄されるこの瞬間は、ただこの世に二人だけのような気がして好きだ。
波が引いていくようにゆっくりとお互いの意識が戻る瞬間も。


いつの間にか、二人でいることが当たり前になってしまった。
一時離れても何とも思わないが、いないとなると調子が悪い。
俺の気紛れにちゃんと付き合ってくれるのは、多分琴子だけだ。
意地悪をしてもついてくるのを確認するかのように、わざと辛辣な言葉を選ぶこともある。
それが俺の意地悪だとわかっていても、まるで当たり前のような顔をしてついてくる。
琴子の体当たりの愛情表現だけがワガママではない。
俺の愛情表現も相当ワガママだと気づいているんだろうか。

「入江くん、だあいすき」
「…知ってる」
「入江くんと、結婚できてよかった」
「まあ、わかりやすいよな」
「何が?」
「結婚」
「…よくわかんないけど」

結婚という制度で知らしめる。

こいつは、俺のもの。
俺は、こいつのもの。

何者にも奪わせはしないという宣言。
世間的に公言する制度。

「ワガママだよな、おまえも俺も」

もう一人のワガママ者は、隣で既に寝息を立てていた。

(2012/11/22)