6.絡み合う指
何度めかの結婚記念日は、家族もさすがに派手な演出を好まない。
その代わり静かな時だけが流れる。
お互い仕事に育児に忙しくて、以前ほど体を重ねる機会が少なくなった。
子どもが泣けば途中だろうとあやさなければならなかったり、どうしても早起きしなければならない前日だったりとそれなりに理由もある。
加えて夜勤のある職種となれば、毎日一緒に寝られるわけでもない。
「あの、でも、入江くん、もう、あの」
「あのが多い」
「うん、でも、その、あ、ちょっと」
「こんな機会でちょっとはないだろ」
「そうなんだけど、でも、さあってなると、なんだか恥ずかしくって」
「今さら」
そう言って琴子のパジャマを脱がせにかかる。
脱がせる途中でうるさく動く唇を封じ込める。
「んんっ」
舌をねじ込んで、そのまま吸い上げるようにして口をふさぐ。
そのうち観念したように琴子の舌も絡みついてくる。
そのうちに手はさっさとパジャマを脱がせ、下着もついでに脱がせてしまう。
その頃にはすでに胸の頂は硬くなりつつあって、つまみ上げたり弄ったり。
さすがに結婚記念日ともなると、家族は遠慮して二人の時間を邪魔しにはやってこない。
子どもたちはさっさと寝るし、琴子はどこか期待しつつお風呂で体を磨き上げただろう。
結婚記念日だからと仕事をセーブすることもないが、かと言って無駄に残業することもない。
帰れるならばさっさと帰って、たまには結婚というのものを振り返るのも悪くはない。
「や、やあん」
考えてみれば、最近少し間が空いていたか。
琴子の体はやけに敏感で、少し撫でるだけでぴくりと反応するのが楽しい。
「こんなに残業ばかりしてたらさ、琴子ちゃんの体、放りっぱなしじゃないの」
くだらないことばかり言う腐れ上司の言葉は、そろそろ抱きたいと思っていた気持ちを見透かされたようで腹立たしかった。
「今が熟女の…そりゃ本人見たらとても熟女には見えないけどさ、今が旬という感じじゃない」
うるさい。琴子をそう言う目で見るな。
「で、しないと溜ったりしないの?」
「ああ、だからあなたはいまだに節操なしに年中発情期なんですね」
「年中発情期なのは人間の特権だからね」
溜まっただの溜まっていないだの、琴子を目の前にするまではあまり意識しない。
だいたい抱きたくなったと思うのも琴子を見た時だけだし、他の女は全て一緒。女という一くくりの中、医者として小児と成人と高齢者に分けられるくらいだ。
そんな自分は多分男としては欠陥なのだろう。
しかし今までそれで困ったことなどないから、問題ない。
公に言ったことなどほとんどないのに、周囲にはそういうふうに認知されているのはかえって気が楽だ。何せ琴子は周りの女全てが敵だとでも言いたげなやきもちやきだからだ。
「おまえのその独占欲が普通だと思ってるところが、琴子ちゃんの不幸なところだよね。琴子ちゃんだっておまえ以外全く目に入ってないってのにさ」
「そう思うなら、今日はもう帰りますので。後はよろしくお願いします」
「えー」
その口で俺が残業ばかりだと言っただろうが。
「結婚記念日くらいは早く帰らせてもらいます」
「おまえでも結婚記念日くらい覚えてるんだー!うわあ、驚きだね。ああ、だから琴子ちゃんそわそわして早く帰ったんだ」
そう思うなら早く帰らせろ。
戯言ばかりの上司を残し、さっさと帰っては来たが、期待薄だったのが丸わかりなリビングでは、驚きの声とともに家族は潮が引いたようにさーっといなくなった。
そして今に至る。
琴子は一人起きて待っていて、夕食と風呂を済ませるのをじっと待っていた。
いざ寝室にこうとしてちょっとだけ躊躇した。
「期待してたんじゃなかったの」
「き、期待…」
琴子は顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「…ちょっとしてました」
「素直でいいじゃん」
そのまま琴子の手を取る。
寝室に行くまでの間に久々に手をつないだ。
琴子の手は相変わらず細い。
その手は子どもたちでふさがれることが多くなり、二人の間に子どもたちの手が繋がれることが多くなった。
手をつないでいる間に指が絡まり、愛撫するかのように指で手を撫でる。
寝室までの短い間、それだけ琴子の顔は上気していた。
期待していたらしい言葉の通り、キスだけで既に潤い始めていた。
「入江くん、大好き」
お決まりの言葉を聞いて気分を良くした後は、とことんまで貪りつくしたい。
抱き合っているうちに手が重なる。
指を絡ませて、キスを繰り返す。
「手を握ったの、久しぶりだった」
「そうか?いつもこうしてる」
「だって、これって、なんだか」
「何だよ」
「すごくエッチな気がする」
当たり前だ。そういうふうに絡ませてるんだから。
絡ませた指を撫であげ、その指を目の前に持ってきて舌でなぞれば、それだけで琴子はうっとりと目を潤ませる。
「入江くんって、手を握ってドキドキとかなさそう」
「なんで握るだけでドキドキするんだよ」
「なるんだもん」
「だいたいおまえと手を握ったのがいつだとか憶えてねぇ」
「うっ…あたしもそれは憶えてないけど。もっとこう、なんと言うか、初恋のような甘酸っぱい思い出が…」
「そんなの必要ない。…ほら、こっちのドキドキの方がいいだろ」
そう言って琴子の体を貫けば「やあん…こんなのドキドキじゃ…ない…」と快楽に身をゆだねながらも抗議してきた。さすがに何年も経つとその辺は余裕なのか。
「もう、もう、入江くんのバカぁ」
「それでもそんな俺がいいんだろ」
「あ…ん…もう、知らない…」
それでも、そう言いながら俺にキスを求める。
キスをして、指を絡ませて、欲情に溢れたその瞳を見つめ合う。
「入江くん、死ぬまでそばにいさせてね」
「…今さらだろ」
「うん、今さらだね」
Here and now dear
All my love,Ivow dear
Promise me that you will leave me never
I will love you longer than forever
今、ここに
私の全てがある
私は誓います
ずっと、あなたのそばにいて
永遠より長くあなたを愛すでしょう
(2016/11/22)
Elvis Presley『Hawaiian Wedding Song』より