仮装する後輩



年々騒がしくなるこの季節。
こんな行事日本じゃ意味ないだろと言いつつ定番になっていくあたり、何でも取り入れる柔軟な日本人の気質であろう。
僕だってこんな行事、小さな頃には何それ状態だったさ。
今じゃ便乗して楽しむのもありって変わるんだから、世の中には常に敏感でいないといけないよね。

そんなわけで恥ずかしながら僕も一役買うことになった。
「ところでそれどうしたんですか」
「お、琴子ちゃんお目が高い。これね、渋谷の専門店で買ってきたんだ」
「へー、そんな店があるんですか」
僕はハロウィンパーティにお披露目するつもりの衣装をちらりと琴子ちゃんに見せてみた。
いや、それを買ってきた帰りに偶然会ったんだけどね。
「もう来週ですもんね」
「琴子ちゃんは何か用意してるのかな」
「ええ。お義母さんが衣装を用意してくれるって。いつもかわいいのを作ってくれたりするので、楽しみなんです」
「へえ!さすがだね。…ところであいつは?まさかあいつも仮装したりするのかな」
「いえ、入江くんは…その…」
「そうだよね、あいつがまさか、そんな」
琴子ちゃんはそこで黙ってしまった。
ああ、悪かったよ。
あの後輩がそんなことするわけないよね。
「で、今日はあいつは?」
僕はいつ出てくるかときょろきょろと辺りを見渡した。
「いませんよ、入江くん」
「あ、そうなの」
思わずほっとして「それよりさ、琴子ちゃん」と近寄ろうとした瞬間、ぱしゅっと何かが僕の頬の横を通り抜けた。
僕の頬の横を通り抜けた何かは、さりげなく街路樹にめり込んだ。
いるじゃないか!
しかも危ないだろ!
「何かありましたか?」
何も知らないであろう琴子ちゃんは首をかしげている。
「い、いや、それじゃ」
僕は後ずさりしながらそれ以上琴子ちゃんに近づくことはしなかった。
近くのビルの屋上で何かがきらりと光ったのが見えたけど、あえてそちらの方は見上げることなく僕はその場を逃げるように立ち去ったのだった。

 * * *

ハロウィンパーティの日は、運悪く手術が入っていた。
何で運が悪いかって、やっぱり手術後は急変も多いから、アルコールを飲むべきじゃなかったりするしね。
それでも手術はさくさくと進んだ。
執刀医は僕なんだが、主にメスを握っているのはあいつだったりする。
「さっさとそこ広げてください」
「あ、ああ」
思わず手術後のことを考えていたら、入江に辛辣に言われた。
「そうですよ。ただでさえいるだけなんですから」
「それくらい役に立ってくれないと」
手術についている桔梗くんと智子くんがさっくりと言う。
おいおいおい、これでも僕はちゃんとした外科医で指導医で、入江が来るまでは外科のエースだったんだけど。
「はいはい、入江先生が来るまで、ですね」
口に出していないのに相変わらず君たちまでエスパーかよ。
「では、そろそろ」
「はい、そろそろ」
もうすぐ手術も終わろうかという頃になって突然何かの暗号のように二人がうなずいた。
「何?何か始まるの?」
キュイイィ〜ンと思ったより手術室の扉の音が響いて開く。
そちらを見る暇なくせっつかれた。
「早く閉じてくださいよ」
いつの間にか手術はもう終了で、後は閉じるだけ。
それにしてもこの患者、命拾いしたね。結構見つけにくいガンだったんだ。
そんなことを思いながら丁寧に手術部位を閉じ終えると、麻酔科医がバイタルを告げる。僕は満足そうに手術の成功を確信してうなずいた。
ところが、そう言えば先ほど手術室の扉が開いたよな、と思いながら顔を上げると、そこにはゾンビ化したナース姿の…。
「う、うわあ、何やったの?ねえ、どんな失敗したの?!」
僕は慌てて尋ねる。ちょっとだけ腰が引き気味になっていたかもしれない。
なんと言ってもそこには血まみれの琴子ちゃんが立っていたのだ。
「しっつれいな!」
一瞬だけ琴子ちゃんはキッと僕を睨んだ。
「あっといけない」
琴子ちゃんは再び黙り込む。
だって琴子ちゃんのそんな姿見たら、普通は何か失敗したのかと思うじゃない?
コスプレだとわかって少し安心した。
…いや、コスプレ?
見渡すと、患者が横たわった周りには、虚ろな顔をした人々の姿が…。
「え、ちょっと、何の演出?まさか、ハロウィン?え?今ここで?」
「何か不都合でも?」
口から血を流した桔梗君は振り向く。
「うわああ、もうびっくりさせないでよ。何でそういうことを僕に教えてくれないかな。こっそりやるなんてずるいよ」
「あなたに言う必要があるんですか」
入江は手術着のままだ。これがコスプレの代わりか?つまらないやつだな。いつもの姿と変わらないじゃないか。
「だって僕もこの日のために衣装を用意したんだよ。じゃあ、ちょっと着替えて…」
「そんな時間はありません」
智子くんが冷たく言う。
「なんで?ちょっと医局に行ってすぐに衣装に着替えるからさ」
「これは依頼人の希望で行っていることなんです」
「依頼人って…この患者さんのこと?」
「そうです。目が覚めた時にいかにも自分がやばいところに迷い込んで気を失っている間にやばい連中によって今まさに解体されようとしている、という演出なんです」
「なんでそんな面倒なことに」
「ホラー好きでお祭り好きなんだそうで」
「え、ちょっとそのためだけにお金いくら積んだの?そう言えばおかしいと思ったんだよね。手術室のメンバーもいつものスタッフたちじゃないし」
智子くんは血を垂らしてにったりと笑う。かわいい顔なのに似合いすぎる…。
いつの間にか明るかった手術室の照明を落とされ、なんだか冷気が。おまけに何だろう、この薄暗い中で漂う霧のようなものは。
「ご心配なく、消毒用噴霧器です」
「え。それあまり身体によくないんじゃ」
「手早く終わらせるので問題ないです」
「もう黙って」
桔梗君から鋭い声が上がった。
文字通り身体の中を切り刻まれていた患者がうっすらと目を開ける。麻酔が切れる頃だ。
「洞田さん、目覚めましたか」
患者はこっくりとうなずく。
ついでに皆で患者をのぞき込む。
声にならない声で患者が驚く。そりゃそうだ。目覚めたばかりで上からホラー仕様の顔でのぞき込まれれば。
先ほどまで麻酔のための気管挿管していたのだから、すぐには声が出ないようだ。
「ふふふふ」
「うふふ」
「ほらーだーさーいーじさーん、今から私が病室までお連れしますよー」
琴子ちゃんのストレッチャー移動じゃ、それこそサスペンスだ。
それにしても相変わらず緑の手術衣を身にまとったままの入江は何の芸もない。そりゃ琴子ちゃんが黙り込むわけだよな。
気が付くと、手術室には誰もいない。
あっという間に誰もいなくなった。
悔しかったので、僕は今度こそという思いで医局に向かった。せっかくだからあの衣装を着てやる。僕だけ仲間外れは嫌だ。

医局であの渋谷で買った衣装を取り出し、手早く着替えようと脱いだところで人の気配が。

「きゃーーーー!変態!」
「いや、待て、違う、ちょっと着替えを!」
「こんな人が来る場所でわざわざ着替えるなんて、変態そのものです!」
「だから違うってば。ハロウィンの…」
「まだ就業中で何言ってるんですか」
ざわざわと誰もいないはずの医局を中心として人が集まり始めた。
や、やめてくれ。
ドラキュラのマントを手にした僕を人々が好奇の目で見ていく。
ひそひそと会話が交わされる。
「まだ就業中」「ハロウィンですって」「医者としての自覚が」
なんでこうなるんだ。

 * * *

そのまま院長室に連行されていき、危うく警察沙汰になるところを院長の采配で何とか免れた。
幸いと言っていいのかどうか、僕には前科があったせいだ。
「またですか」
「いや、ちょっとした誤解で」
「五回も?」
「いえ、まだ三回目で」
「普通の人は三回も四回も変態と言われるようなことはしないの」
ものすっごく冷たい目で見られ、諦めたような口調で説教され、始末書を書かされ、懲罰解雇になりそうなところを「こんな人を世の中に放り出したのでは斗南大病院の名誉にかかわるので」と解雇されずに済んだ。
いや、誤解だって!

とぼとぼと重い足取りで廊下を戻っていくと、そこにはお決まりの姿が。
琴子ちゃんがとあるドアをノックする。
「入江くん、遅くなってごめんね」
「いや、構わない」
「入江くん、そのコスプレ…素敵」
語尾にハートマークでもついてそうな甘い声。
どんなコスプレなんだか。
「トリックオアトリート…それとも…あ・た・し?」
そりゃ琴子ちゃん一択だろ。そうだよな、そうに決まってる。
「ああ、地獄でもどこでも連れてって」
鬼?悪魔?まさか、魔王?!
悪霊祓いなのに悪霊よりもっと怖いものに魅入られるって、琴子ちゃん…。

角を曲がるとそこには子どもたちの姿が。
そうだよ、本来ハロウィンなんて子どもたちが楽しむ行事であるはずだよな。
「あ、変態のドラキュラだ!」
「ちーすうたろか〜」
「ドラキュラの変態だ!」
「変態じゃない!」
僕は言い返すも、一度火が付いた子どもたちの熱はおさまらない。
「変態ですって」「危ない人に近寄っちゃダメよ」「斗南大病院はどうしてこんな変態医師を放置するのかしら」
ひそひそとまた交わされる。
「ただのハロウィン仮装です!」
僕の渾身の叫びに周りの視線は冷たい。
そこに白衣ならぬ黒衣の男が足早に通り過ぎていく。
「仮装なら、入江先生くらいかっこよく決めてもらわないと」
女性たちが皆ほうっと入江の後姿を見てため息のように息を吐く。
あいつがよくて何で似たような仮装の僕がだめなんだ?
「顔が違う、声が違う、技量が違う、頭脳が違う」
まるで百恵ちゃんの歌のように節をつけて言われた。ていうか、君たちあの歌知らない世代だよね?
そもそも仮装に技量とか頭脳とか必要なの?
「ふっ、これだから西垣先生はいつまでたっても三流なんですよ」
言ったな!さり気なく通り過ぎた鴨狩君が心を読んだような返しをした。
どいつもこいつも仮装仮装仮装って、仮装がそんなに偉いのか?!

そこによろよろと歩いてくる顔だけは艶々な琴子ちゃんが。
仮装なのかその背中にはかわいらしい天使の羽がピコピコと揺れている。
どんな時でも肉体要員の琴子ちゃんは、魔王に魅入られた天使ならぬ堕天使だ。
君がそれでいいなら何も言うまい。

ちなみにその日のハロウィンパーティは、変態が出たというので中止になった。
…変態ってまさか僕のこと?

(2017/10/27)