年賀状




新年早々、琴子は手に持った分厚い束を持ちながら不服顔だった。

「入江くんに来る年賀状って、女ばっかりね!」

あたしという妻がいるにもかかわらず、結婚前と変わらないこの年賀状の山は何なのよ。

さすがにお義父さんが社長のせいか、堅苦しい年賀状は山ほど。
お義父さんと宛名が一緒になっているせいか、お義母さん個人宛ての年賀状は少し。
お父さんの仕事の付き合いの人からはそれなりに。
案外少ない裕樹宛ての年賀状。
年頃の男の子だからこんなものかもね。
あたしの年賀状はまあ、いつものメンバー。
そして、明らかに女だとわかる年賀状でさえ、あたし宛てではなく、全部入江くん宛て。
…何でなのよ。

年賀状を一つ一つ見ながら、琴子ははたと気づいた。

あたしって、入江くんに年賀状出したことない!

ずっと片想いで告白する勇気もなくて、ましてや年賀状を出すなんてそんな大胆なことできなかったし、やっと告白したら同居で出す意味もなかったし。
入江くんが一人暮らししたときなんて、住所も教えてくれなかったし。

そうよ、出しちゃえばいいんだわ。

「お義母さん、年賀状って、まだあります?」
「あら、琴子ちゃん、誰か出してない人でもいたの?」
「ええ、まあ」
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

そうやって年賀状を前にしたものの、よく考えたら同居していて、今目の前にいる人に向かって出す年賀状って、何を書いたらいいんだろう…と思い悩んだ。

「うーん、『あけましておめでとう』はもう言ったし…」

ペンを手の中で持ち遊んで、琴子はさらに考える。

「でも、あけましておめでとうなんて、定番よね。年賀状なんだから、書いたっておかしくないわよね」

えーと、まずは『あけましておめでとう』と。
『昨年はお世話になりました』
『今年もよろしくお願いします』
…って、なんか変だわ。
書き直し、書き直し。

うーん、『あけましておめでとう』と。
それから…。

「…それ以上年賀状無駄にするなよ」
「う、うわ〜〜〜!」

後ろから響いた声に驚いて、琴子はペンを取り落とした。

「い、入江くん、急に声かけないでよ」
「また年賀状書いてるのか」
「う、うん、まあね」
「年賀状なんて、面倒なだけだ。親しいやつなんて、年賀状出さなくても会うもんだし、それ以外のヤツなんて、結局義理だしな」
「そ、そうだけど…」
「ふーん、ま、いいんじゃない」
「そうよね!」
「お前の気が済むなら」
「…入江くん、年賀状うれしくないの?」
「知ってるやつのならうれしくないこともないけど?」
「そうなの?!」
「会ったこともない、名前も知らないようなヤツからの年賀状なんて、うれしいわけないだろ」
「まあ、そうよね」

じゃあ、あたしからの年賀状はうれしい?
そう聞きたいけど聞けなかった。

代わりににっこり笑って言った。

「きっとそのうちうれしい年賀状も来るかもよ?」
「ふーん」

そう言って直樹は部屋を出て行った。
琴子の背に「…わかりやすいやつ」という言葉を残して。


 * * *


それから2日後、入江家のポストに届いたハガキ。
宛名は『入江直樹様』

偶然かどうか外出先から戻った直樹が見つけたそのハガキは、そのまま書斎へ運び込まれた。

『あけましておめでとう
昨年はいろいろ迷惑かけてごめんなさい
いい奥さんになるから
今年も来年もずっとよろしくね!
それから
これからも入江くんが一番大好き
それから今年はできたら二人でど』

二人で…ど?

直樹は途中で切れた年賀状の文面に思いをはせる。

何で途中なんだ?
年賀状くらいまともに書けないのかよ。

そして、そっと年賀状を机の引き出しにしまった。


 * * *


寝室の一角で、琴子は一人青ざめていた。

何で、ここにこれがあるの?
入江くんに出した年賀状は…。
じゃあ、あたし、失敗作を出しちゃったの?!

一枚の年賀状を手に、こっそりポストに舞い戻る。
もちろんポストの中は空っぽで、琴子はすぐに部屋へと引き返した。

当然のことながら、直樹が最初に年賀状を見つけたのは偶然であるわけがないのだが、琴子は気づかれていないと思っている。
琴子はリビングのドアの陰から直樹をうかがった。

入江くん、変わった様子はないわよね。
まだ、見てない?
でもハガキだから裏返せばすぐに読めるし。
でも、でも、入江くんのことだから手紙と一緒で読まずに捨てちゃうかも。
でも、まさか愛する妻からの年賀状まで捨てやしないわよね。
でも、もしかしたら、入江くんのことだから…。

「誰かから年賀状来たんだ?」

頭の上から降ってくる声に琴子は飛び上がった。

「え、あそこにいたんじゃなかったの!」

リビングを指差して琴子は驚く。

「あっちのドアからトイレに行って戻ってきたんだけど?」
「あ、ああ、そう。あの、あのね、入江くん」
「今年は二人でなんだって?」
「あの、そ、それは」

手に持っていた年賀状をすばやく直樹が取り上げた。
意地悪くにやりと笑って琴子の顔を見る。

「だから、それがその…」

手に取った年賀状を一瞥してから、その年賀状を琴子の顔に押し付ける。

「もう、もらったから」
「え?」
「2枚もいらない」
「で、でも、あれは失敗で」
「お前が一生懸命書いたやつなんだろ」
「うん、でも、失敗しちゃって」
「いいよ。初めてもらった年賀状だしな。おまえらしいよ」
「じゃ、じゃあ、来年も書いていい?」
「…調子に乗るな。紙の無駄だ。たかが年賀状に何枚失敗してるんだ」
「そんなに使ってないわよ!」

だって…。
まるでラブレターを書いたときのように緊張したんだもん。
内容はほとんどラブレターみたいだけど。

そう思いながら琴子は頬を膨らます。

「年賀状もいいけど、直接言えよ」
「え?」
「明日、出かけるか?」
「う…うん!」

そんな二人の背後には、ビデオを抱えた人影が一つ。
2階から降りてきてもリビングに入れなくて困っている人影が一つ。
トイレに行きたくてもリビングから出られない人影が一つ。
玄関から勢いよく入ってきた人影が硬直したのに気づくまで、そっと交わした新年の誓いのキス。


『それから今年はできたら二人でどこかへ行きたいな    入江 琴子』


年賀状−Fin−(2006/01/18)