人魚姫…だったら




深い海の底で、人魚たちは暮らしていました。
「A組にならないと海の上には上がっていけないのよ」
A組になっていない人魚姫・琴子は海の上に上がることはできません。
それでも、ある嵐の晩、こっそりと海の上に出ることにしました。

嵐の海には船が浮かんでいました。
荒れ狂う波に船は今にも難破しそうです。
人魚姫・琴子が見ている目の前で、人間が一人、海に投げ出されてしまいました。
人魚姫・琴子は、船から落ちた人間を助けることにしました。
ところがその人間の顔の造作は美しく、一目で人魚姫・琴子はその人間に心を奪われてしまいました。
名残惜しい気もしましたが、人間が海の中で暮らせるはずはありません。
そっと浜辺へ人間を返すと、海の底へ戻っていきました。

嵐の晩から日がたっても、人魚姫・琴子は人間を忘れることができません。
琴子はどうにかして海の上に行けないかと、海の魔女・桔梗に相談することにしました。

「そおねぇ、ないこともないけどぉ、その代わり、あんたの声と交換よ?
どんなに女より美しい顔とこのすばらしいスタイルをもってしても、このあたしの声だけは…男声なのよ〜〜!」

かくして、海の魔女・桔梗から手に入れた怪しげな薬で、人魚姫・琴子はその愛らしい声と引き換えに、二本の足を手に入れたのです。
必死で書いたラブレターを手に海の上へと一目散。

陸に上がると、ちょうどあの人間が通りがかるところでした。
(こ、これ、読んでください!)
ラブレターを差し出すと、その人間はあっさり言いました。
「いらない」

一時はショックで打ちひしがれた人魚姫・琴子でしたが、心優しいお城のお后様・紀子にお城に住むように誘われ、あの人間のそばで暮らすことになったのでした。
そう、彼はパンダイ国の王子様だったのです。

あの手この手で王子・直樹に近づきますが、なかなか王子・直樹は振り向いてくれません。

そんな中、王子・直樹は、ホクエイ国の王女・沙穂子と結婚することになりました。
なんと、嵐の日に浜辺で介抱したのが彼女だったと言うのです。
(あたしよ、あたし!あたしが嵐の海から助けたのよ!!)
そう言ってまわりたかった人魚姫・琴子でしたが、魔女との契約で声が出ません。
このままでは海の泡になるしかありません。

心配になった人魚姫・琴子の姉たちは、一振りの剣を携え、人魚姫の元にやってきました。
「琴子、この剣で入江君刺さないとあんた消えちゃうのよ」
姉その1・じんこは言いました。
「そうそう、さっさと忘れて海に帰ってきなよ」
姉その2・理美は言いました。
「そうそう、はよ帰ってきてオレと結婚せえへんか」
海の魔王・金之助は言いました。

婚約披露のパーティはどんどん進んでいきます。
剣を隠し持ち、人魚姫・琴子は、一人思い悩みます。
(やっぱり、だめ!入江くんを殺すくらいなら、あたしが泡になったほうがいい!)
そう決心した人魚姫・琴子は、こっそりパーティを抜け出しました。

海の岩場にやってきた人魚姫・琴子は、携えた剣を胸に突き立てました。

「琴子ー!」


 * * *


はっとして飛び起きると、そこはいつもの寝室。
直樹は自分が冷や汗をかいていることに気がついた。

夢か…。

一息ついて、もう一度ベッドへ潜りこんだ。
規則正しい健やかな寝息をたてて眠り込んでいる、温かな体を抱き寄せる。

間に合ってよかった。
本当に、よかった…。

抱き寄せた体は無意識に向きを変えて、直樹の身体に腕を回す。

「…入江くん…」

抱き寄せた腕に力をこめようとした。

「違ーうっ、阿波踊りはこうやるのよぉ…」

そう叫んだ人魚姫にキスを一つ。

いったい何の夢見てるんだか。

苦笑しながら再び眠りに落ちる。

   そして、王子と姫は、いつまでも仲良く暮らしましたとさ。


人魚姫…だったら−Fin−(2006.02.06)