王様の耳はロバの耳…だったら




床屋・裕樹は、ある日王様の髪を切りに宮殿へ出かけました。
王様・直樹を見た床屋・裕樹は驚きました。
王様・直樹はとてつもなくきれいな顔立ちをした方だったのに、耳はロバ、だったのです。
何度となく吹き出しそうになりながら髪を切り終え、帰り支度を始めました。
しかし、帰り際には王様・直樹のことは秘密にするように口止めされてしまいました。
床屋・裕樹は王様・直樹の名誉のためにも口をつぐむことに決めました。
帰り際、すばらしい庭を散策していると、木陰には仕事をサボってぐーすか寝ている料理長の娘・琴子。
一言注意をしてやろうと歩き出したとき、なんと王様・直樹が現れたのです。
しかも、床屋・裕樹の目の前で、料理長の娘・琴子にキスをしたではありませんか。
身分違いの恋なのでしょうか。
驚いた床屋・裕樹は、思わず下草を踏んで音を立て、王様・直樹に気づかれてしまいました。
王様・直樹はゆっくり振り向くと、静かにするようにと示してきました。
そこまで無粋ではないので、床屋・裕樹は無言でうなずきます。
慌てて宮殿を退去して家に帰りました。

一日たち、二日たち、床屋・裕樹は、自分が知った秘密を誰かに言いたくて言いたくて仕方がありません。
どうにも我慢ができなくなり、井戸に向かってこっそり秘密を打ち明けることにしました。

「王様の…」

そんな日々が続いたある日、深い井戸の奥から、風に乗ってささやき声が聞こえてきました。
はっきりとはしないそのささやきは、風に乗って宮殿にまで届いたのです。

『王様の好きなのは、料理長の娘・琴子〜。寝ている琴子にキスをした〜!』

それを聞いたのは王様の母・紀子。
常日頃朴念仁とも言えるくらい嫁探しに非協力的な息子。
その息子に好きな娘がいる?
しかも、その娘に手を出したとなれば黙っていることはできません。

「聞いたわよ〜。これはぜひ息子の嫁に…!」

そんな風に手に力がこもったのも無理はありません。

それをさらに伝え聞いた床屋・裕樹は気が気ではありません。

「ち、違うっ!ぼ、僕が言いたかったのは…!」

「さあ〜、そうとなったら、盛大に結婚式を行わなくっちゃね!!」

わ〜〜〜〜〜〜!!ま、待って!

「王様の耳は、耳はっ、ロバの耳なんだ〜〜〜!」

思わず叫んだ床屋・裕樹の耳に響いたのは、無情な声。

「早速みんなに知らせて〜。あ、そうそう、琴子ちゃんにも知らせなくっちゃ♪」

うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!


 * * *


自分の悲鳴にがばっと起きて目覚めてみれば、そこはまだほの暗い夜明けの自分のベッド。

「ゆ、夢だよな」

夢なのに、ぜえぜえと息を切らして冷や汗をぬぐう。
連日ママに責められて、いつかばれるんじゃないかと気が気ではない。
もちろんお兄ちゃんの名誉のために口を割る気はない。
そんな気はないけど…。
酔いつぶれて眠ってしまうママを見ていると、少しだけ気の毒になる。
ママが知ったら喜ぶんだろうな。
どうしてそこまで琴子に執着するのかさっぱりわからない。
バカだし、ドジだし、いっつもうるさくて…。
そ、そりゃたまにはいいとこもあるかもしれないけど。
でも、でも、お兄ちゃんは…。
お兄ちゃんがどうして琴子を好きなのか、ママ同様僕だってちっともわからないけど、お兄ちゃんなりの理由があるに違いない。
でももしかしたら、好きじゃなくてもキス位するんだろうか。
…僕にはまだよくわからないけど。
でもなんとなく、このまま琴子がうちにいるのも悪くはないかな、…なんて思った。
でも、ほんのちょっぴりだぞ。

そんな風に言い訳しながら、もう一度眠りにつく裕樹でありました。


王様の耳はロバの耳…だったら−Fin−(2006.06.16)