噂10




嘘か真か、ありそうでなさそうな話、それが伝説。

由緒正しき斗南生なら、誰でも知ってるという。
破天荒娘と天才絶対零度男の恋物語。


「えー、知らないのぉ?
期末テストで50位以内に入ったF組の子は、A組トップと結ばれるらしいよ」
「いったいF組がどうやって50位以内に入るのよ?!」
「そんなの知らないわよ。だって、今までに二組もそういうカップルがいたってんだから、これは頑張るしかないでしょ」
「そうは言うけどさ」
「もし本当になったら、いいと思わない?」
「でもさ〜、絶対無理」
「でも、トウコは信じてて、やたら張り切って勉強してるよ」
「信じるだけで点が取れるなら、あたしらF組じゃないしー」
「ほら、なんだっけ、A組のやつが好きだとか言ってたんだよね」
「で、どっからそんな噂が…」
「んーと、あたしの兄ちゃんの同級生の姉ちゃんがA組の人と結婚したとか何とか」
「…遠すぎてわかんない」


「おい、期末になるとやたらとF組の女子が勉強しだすって噂、知ってるか?」
「あー?あれか?A組のやつと付き合えるとか何とか」
「迷惑な話だよなぁ」
「そう、そう、F組とはなぁ」
「でも実際卒業生で結婚してる話、聞いてるか?」
「どこの誰だよ、そんなやつ」
「医学部に進んだ伝説の男らしいんだけど」
「ふーん、でもうちの医学部じゃたいしたことないんじゃないの」
「…それ、入江先生でしょ」
隣で本を読んでいた一人の女子が、噂を続ける男子一堂に声をかけた。
「へ?入江先生?」
女子は本をパタンと閉じて、一斉に注目した男子を見渡す。
「そう、入江先生。
学生時代は常にトップどころか全国模試1位の座は譲らず。しかも眉目秀麗、スポーツも万能、所属してたテニス部ではインターハイレベルの腕前。
センター試験でもほぼ満点近かったにもかかわらず、自らの意志でT大をけり斗南大に進学。
理工学部でも教授の誘いをけり、医学部に転向。
医学生のうちから学会でも有名。
医師になってからは、T大どころか他有名大学病院からの引き抜きの話は途切れることなく、そのメスさばきはブラックジャックの如し」
「…そんな人、本当にいたのか…?」
「いや、俺も職員室で聞いたことあるぞ。何がきっかけだったか忘れたけど。かえるの子はかえるだか、とんびが鷹だか…」
「とんびが鷹は違うだろ」
ひそひそと話す男子には目もくれず、女子は頬杖をついた。
「なのに…」
女子はそこで一つため息をつく。
「学生結婚した奥さんは、F組出身でスーパードジな看護師。
学生時代は入江先生のひどい仕打ちにもめげず、奥さんの粘り勝ち…だと思いきや、傍目にも迷惑なバカップル振り…なのよね」
「看護師なら、まあ普通じゃねぇの?」
「…あら、あなたたち、F組じゃ嫌なんでしょ」
「……だって、F組だぜ?」
「そうね、あなたたちじゃ、F組の子だって別に相手にしてるわけじゃないだろうし、いいんじゃない?」
「なんだよ、突っかかるなよ」
「おい、ちょっと待てよ。こいつの名前…」
「……あ」
男子一堂顔を見合わせて女子を振り向いた。
女子はそのかわいらしい顔に笑みを浮かべて言った。
「な・あ・に?」
男子はそのとき全てを悟って一斉に首を振った。
「い、いいえ〜、何でもありませんっ」


伝説は、かくしてまことしやかに伝えられるものである。
そして、また新たに噂が噂を呼ぶのだが、それもまた伝説になる…かもしれない。


(2009/07/18)