夫婦愛編
入江くんは書類を机の上に置くと、あたしを振り返った。
「…で?そろそろ夫婦愛ってのを示そうか?」
え?夫婦愛?示すって何を?
入江くんはじっとあたしを見つめる。
あたしはいつもそんな風に見つめられると、入江くんの瞳に見とれてしまう。
うっとりと見つめてる間に、入江くんは小さくため息をついた。
またあきれさせちゃったかな…。
そう思ったら。
入江くんはにんまり笑うと、あたしをを抱きしめてやさしくキスをした。
えっと、えっと、入江くんの言う夫婦愛って…。
あたしは顔が熱くなるのを感じた。
きっと顔は真っ赤だろう。
入江くんは何も言わずにあたしを抱き上げると、ベッドの上におろした。
なんだか少し意地悪そうに微笑んでいる。
「い、入江くんっ」
「…なんだよ」
「あ、あの、夫婦愛って、そういうこと??」
「俺の夫婦愛、知りたいんだろ?」
「え?う、うん…」
入江くんが耳元にキスをする。
「…や、って、そう言う意味じゃなくて…」
少し抵抗するあたしの腕を軽くつかむ。
「あ、の…な、なんていうか」
「言葉だけじゃ、足りないだろ?」
「え、で、でも」
「…いやならやめる?」
「い、いやじゃない!いやじゃないけど」
「ふーん、いやじゃないんだ」
「え、そん……い、いじわるっ」
そう言ったのに、微笑んでキスをする。
頬に、まぶたに、そして唇に。
最初はやさしく触れる感じ。
入江くんの舌があたしの唇をなぞる。
もう、腕の力が入らない。
いつの間にか、背中にはベッド。
身体に、入江くんの重みを感じる。
長い指があたしの髪をすく。
繰り返し、キス。
少しずつ深く、深くなっていく。
…何も考えられない。
あまりに続く深いキスに、あえぎながら唇を離す。
入江くんの伏せたまつげを見ながら、言葉に出す。
「入江くん、大好き…」
かすかに震えたまつげが開いて、あたしを見る。
大きな手が、あたしの涙をすくう。
首筋に熱い吐息がかかる。
また一つ、肌に赤い印をつける。
髪を上げなければ見えないけど、上げてしまうと見える場所。
モトちゃんに言われて初めて気づいた。
一度だけ、つけないでって言ったら、更に強くつけられた。
モトちゃんはそれを聞いたら「ふーん」と言って不機嫌そうだった。
言われてから、誰かに見られてるようで気になる。
西垣先生は
「何、これ、浮気防止?…ああ、なるほど」
とつぶやいた。
慌てて手で押さえたけど遅かった。
そんな入江くんは意地悪だ。
…でも、そんな入江くんが、世界で一番、好き。
琴子にキスをする。
頬に、まぶたに、唇に。
軽く触れるくらいに口づけ、舌で唇をなぞる。
やわらかい感触を舌で味わう。
琴子の口から吐息が漏れる。
身体をゆっくりと横たえる。
きっとそれすら気づいていない。
柔らかい髪に手が触れる。
顔にかかった髪を軽く払うようにしてすく。
少しつまんで口づける。
かすかな香りが鼻腔をくすぐる。
もう、待てないかもと、理性が少し揺らぐ。
もう少しだけ焦らそうか、と別の声がささやく。
誰かの香水のにおいをかいでも気にならないのに。
もどかしげに指はパジャマのボタンをはずす。
唇は琴子を探す。
口づけるうちに深く、深くなる。
もっと、もっと、深く。
長く口づけしすぎて、琴子が空気を求めるようにあえいだ。
手は絶えず滑らかな肌に触れながら、口づけていく。
「入江くん、大好き…」
吐息が漏れるように琴子がささやいた。
目を開けると、琴子と目が合った。
こんなに目が合わないほど夢中なのが不思議だった。
琴子の目から零れ落ちそうな涙を指ですくう。
何でこいつはすぐに泣くんだ…。
更にこぼれそうで、唇で吸い取る。
細い腰を抱きしめる。
白い首筋につける赤い印。
誰のものでもない、俺だけの証。
きっとこいつはわかってない。
迷惑そうに印を隠す。
言われたところしか気にしていないし、気づかない。
ここは、前につけた印。
消えかかっていることすら忘れている。
消える前に新しくつけていること、わかってないだろな、こいつ…。
台風Girl 夫婦愛編―Fin― (2004.9.29)