貧乏子爵令嬢は王太子殿下の婚約者に選ばれました



15


コトリンが戸惑っているうちに、いつの間にか仕立て屋がやってきて寸法を測り、装飾品その他を選んで(コトリンは選んでいない)、新年会の準備が整えられることになりました。
そんな中、また王妃様からのお招きがあり、コトリンは行儀見習いとしての成果を見せるときだと気合を入れました。
ここで合格をもらえなければきっと新年会も招くに及ばず、となるかもしれないと。

「あれ。そうすれば新年会でなくてもいいのでは?
あ、でも、せっかく皆様が熱心に教えていただいているのに出来が悪いとなっては教師の方々に迷惑をかけてしまうわ。
ど、どうすれば…」

そんなコトリンの独り言には意に介さず、侍女たちは淡々と支度を整えています。

「コトリン様はそういうことを考えずにここ一番の時だけ決断力を発揮してくださればいいのですよ」
「ここ一番の時って…」
「いつものように」
「い、いつものように…?」

ここ一番の決断力など発揮した覚えはない、と思いつつ、コトリンはどんなに抵抗しても王妃様のお茶会を欠席するなどという恐れ多いことはできずに、流されるままお茶会へと向かうことになったのでした。

 * * *

王妃様はご機嫌でコトリンを迎え入れました。
あの堅物で偏屈息子がなんとか新年会を誘ったというのです。
身もふたもない誘い方だったとの報告は受けていますが、ここはぜひ本人からの話を聞いてみたいと思ったのです。

「まあ、コトリン、あいさつも上手になったこと。
さあ、こちらにいらっしゃい」

最初の頃に比べるとあいさつで噛む回数は減っていますし、十分きれいなお辞儀ができるようになってきました。
まだ少し弱小領地令嬢としての気質なのか、ややおどおどと遠慮がちな態度も見られますが、相手が王妃であり、身分さを考えれば仕方がないと言えましょう。
むしろ王妃と一対一でお茶会など、余程のことがなければ子爵令嬢にはありえないことなのです。
コトリンの教師たちからは、打てば響くように…とはいきませんが、それ相応の勉強は進んでおり、決して無能ではないとの報告も受けています。
そもそもあの息子と比べるのは酷というものでしょう。
我が息子ながら、嫌味なほどに学問においても武においてもあっという間に同年代以上に吸収してしまったというのですから、本当に自分の息子なのかと少々産んだ自分が疑ったくらいです。

王妃様が紅茶やお菓子に口を付けた後、コトリンがそっとお菓子を手に取って嬉しそうに口に入れるのを見て、最近お気に入りだというお菓子にしてよかったと喜ぶのでした。
そういう些細な報告も王妃様は受けていますが、果たしてあの息子は報告を生かして何か贈り物の一つでもしているのかどうか。

「新年会のことだけれど」

ギクッとコトリンが体を震わせます。

「ドレスの用意は任せるように言ってあるのだけど、何か身につけるものでも用意しましょうか?」
「と、とんでもないです…!ドレスだけで十分ですし、当日は何やら装飾品をお貸しいただけるとかで…。その、私はあの財政状況ですからドレスにふさわしい装飾品など持ち合わせておりませんもので」

貸し出す…?

王妃様は言われた言葉に少し首を傾げましたが、ちらりと侍女を見るとモトが軽くうなずいてお任せくださいと語っているかのようでした。
そういうことになっている、といったところでしょう。
あの息子はドレス以外に装飾品もセットだということをちゃんとわかっているのかどうか。
後で確認せねば、と王妃様は頭の片隅に留めておきます。

「新年会にはもちろん誘うつもりでいたのですけれど、息子が誘った方が良いかと思い待っておりましたの」
「そうなんですね。お気遣いいただきありがとうございます」
「何と言って誘われたのかしら」
「え?えーと…あ、こほん。
この城に滞在している以上、招待しないなどありえない、素直に招きの応じるのが正しい気の遣い方だ、と」

息子の真似なのか、目を細めて偉そうな口調でコトリンは言いました。
それが存外に似ていてつい王妃様は笑ってしまいました。
いや、笑っている場合ではありません。
報告に聞いてはいたけれど、実際に当事者の口からきいてみればなんと尊大な誘い方でしょうか。
これではとても自分の相手として招いているなどと誰も思わないでしょう。
天才だの優秀だのと言われている息子でしたが、誘い方一つなっていないとは、と今すぐ礼儀作法の教師を呼びつけたいくらいです。
どうでもいい相手にはにこにことそれなりに愛想よくただ黙って優しくふるまうこともできるというのに、なんてことでしょう。
本当に好きな相手に尊大にふるまうとは。
時々そういう馬鹿な男はいたけれど、そんな男を女が好きになるはずがありません。
顔が良いゆえに巷では人気があるらしいのですが、そんな表面上に騙されるくらいならかわいいものです。
コトリンにはきちんと中身まで見てもらいたいと思っていましたが、中身がこれでは残念と言うほかはありません。

あの馬鹿息子…。

思わず扇を握りしめましたが、みしっと音を立てた時点ではっとして手を緩めました。
議会で一度壊してしまったのを思い出し、無駄な出費をしてはいけないという気持ちから、今度は壊れない鋼鉄製の扇はどうだろう、いや優美ではないと却下されるだろうかとふと思うのでした。
ふうっとため息を一つついてコトリンに言いました。

「全く素直じゃないのは王太子のほうですね。そんな誘い方しかできないとは。
いいですか、コトリン。あの息子が誘ったということは、当日ダンスの一つでも踊りましょう、ということですよ」

我ながらどんな拡大解釈かと思わないでもありませんでしたが、ここは少しばかり後押しが必要でしょう。

「ダ、ダンス…!あ、あの、ダンスはまだ先生に合格をいただいていないのです。どうしましょう」
「あら、それなら王太子に相手として事前に練習しておくのが良いでしょう」
「そんな、忙しい方に…!」
「大丈夫ですよ。誘ったのはあちらなんですから、相手に配慮するのは当然です。ましてや、あの子は王太子なのですから」

一緒に踊るであろう相手に礼儀として事前に練習しておくのも王太子としての配慮である、と見せかけておくことにしました。
そういう名目であれば、数々突っ込みどころはあれど仕方なしにダンスの練習にやってくるだろうと思うのです。
もちろん事前に練習など、婚約の決まった男女でもない限りそんな決まりはありませんし、むしろ関係のない男女がダンス会場でもない限り密着して練習するなど、普通はしないでしょう。
この際使える手はどんどん使うしかありません。
新年会までひと月あまりなのです。

「誘われた…?なんとなく仕方なしに招待が当たり前みたいな感じでしたけど…」

コトリンのつぶやきはさておき、王妃様はさらに言っておくことにしました。

「コトリンは、王太子のことをどう思っていらっしゃるのかしら」
「は、はい!あの、その、大変素晴らしい方だと…」
「建て前はいいのよ。正直に言ってみてちょうだい」
「そ、そんなことは…(言えない)」
「大丈夫。ここだけの話にしますから。よろしいわね、あなた方も。これについて噂が回ったときにここにいるあなた方全員罷免いたしますから」
「そ、そこまで言わなくても」
「いえ、大事なことです。侍女の連絡網は侮れませんから」

コトリンはこくりと息をのんでから話し出した。

「王太子殿下は、大変厳しい方だと思います、公私ともに」
「ええ、そうですね」
「それでも、理由のない理不尽なことはしない方だと思います」
「理由のないことはしませんか」
「はい。私がやることに呆れて怒られることもございますが、それにも理由があり、おそらく根は優しい方なのだと思います。きちんと仕事をなしている方にはそれなりに接し、切り捨てる方にはやはり理由があって遠ざけられているのだろうと思います。
それが上に立つ方であれば普通のことでしょうが、それがわかるまで私もちょっと…」
「怖かった?」
「…はい。いきなり怒鳴られることもございましたから」
「…そう」

少なくとも息子に対する評価は悪くないと見てよいのでしょう。

王妃様は一安心しましたが、だからと言ってそれが好意に、ましてや子爵令嬢の身で婚姻に結びつくことなど思い浮かばないことでしょう。
思ったよりも前途多難なのはわかっていましたが、これは王太子からの何かがないと事は絶対に進まないと思われます。

「少なくとも王太子が嫌われていないことを知って、親としてもほっといたしました」
「そんな、嫌うだなんて!」
「あら、では、好きな部類に入るのかしら?」
「好きも嫌いも恐れ多くて…。眺めているだけで十分です」
「顔は好み、ということね」

さっと顔が赤くなったところを見ると、これはあの顔で押すしかないでしょう。
さっさと甘い言葉の一つでもささやけばよいものを…!

再び扇がみしっと鳴りました。
いっそ本当に鋼鉄製の優美な扇を作り、その扇で一発息子の頭をはたいてみるのもいいかもしれません。武器としてもありかもしれません。

王妃様の内心の焦りと怒りを別にすれば、あとはただ和やかにコトリンとのお茶会を終えたのでした。

 * * *

コトリンは部屋に入るなり、自身の持っていた扇を見つめて侍女のモトに言いました。

「私もあれくらい力を込めないとだめかしら」

その瞬間、んぐっと後ろから複数の音がしたのでコトリンは振り返ってみましたが、侍女は全員素知らぬ顔で後片付けをしていて、いったい何の音だったのかコトリンは首を傾げました。

「王妃様は、つい力がこもってしまっただけで、あれが普通ではありませんのでお気になさらないように」
「そうなのね」
「ああ、でも。もしかしたら次回は鉄扇を手にしていらっしゃるかもしれませんが」
「て、鉄扇…」

やはり王城のマナーは奥深い、とコトリンは思うのでした。


 * * *

コトリンと王妃様がお茶会を終えた後、執務に励んでいるナオーキ王太子殿下の元に王妃様からの使いがやってきました。
見たことのある侍女です。王妃の筆頭侍女だったはず、と宰相補佐のナーベ侯爵子息と記憶を一致させました。

「こちら、王妃様からでございます。至急一読の上、実行するよう申し付かっております」

とりあえず側にいた宰相補佐が受け取ると、封印を確認してから王太子殿下に渡しました。
王太子殿下は無言で封を開けると早速目を通しました。

「…考慮する」

傍から見ればやや嫌そうに顔をしかめながらもそう使者に告げました。

「では、そのように申し伝えます」

それだけで筆頭侍女は戻っていきました。
わざわざ筆頭侍女を寄こすとは、言い逃れも誤魔化しも追い返しもさせない王妃様からの強い意志を感じます。
王太子殿下は息を吐くと、宰相補佐に言いました。

「至急先日呼んだ宝石商に連絡を取ってくれ」
「承知いたしました。ところで、なんて書いてあったんです?」

抜け目のない宰相補佐はそう言いながらも宝石商を呼ぶための手紙をさらさらと書きつけ、侍従に手紙を託します。

「おまえの予想通りだよ」

そう言って手紙を渡したので、宰相補佐はざっと読んでため息をつきました。

「だから言ったでしょうに」

王太子殿下は聞かなかったように執務に戻ります。

「装飾品を一つずつ渡すにしても、さすがに婚約発表も兼ねた新年会で付けていかないわけにいかないでしょうと申し上げましたよね。
周りの目が厳しいんですから、それなりに目立つようにさせるのも大事なんですよ。
それをなんですか、やけに今回ばかりは隠したがって。
かわいすぎて目立つと困るんですか。いや、困らないでしょう。自慢しましょうよ、そこは」
「…うるさい」
「どうせ王妃様には駄々洩れなんですから、今更遠慮したり隠したりしても無駄でしょうに」
「それ以上言うなら、おまえの見合いつぶすぞ」
「や、やめてくださいよ!そんなことしたらますます薔薇の会が喜ぶじゃないですか!
だいたい支える私が結婚しないとなると、未来の宰相家はどうなるんですか。
そのうち薔薇の会が衰退することを願っているのに」

最近王都で流行りだしたという薔薇の会は、主に男同士の恋愛を楽しむ会のようなのですが、何よりも一番楽しまれているのは他でもない王太子殿下と宰相補佐の恋、らしいのです。
くだらないとつぶしてしまうこともできますが、それをやってしまうと横暴だという声も大きくなったり、活動自体がもっと地下に潜ってしまい把握することが困難になることも考えられるので、あえて見ないふりをしているのです。
だいたい王太子殿下を元にするあたりで不敬だと言えるのですが、その活動の中身は全く上がってこないよううまく処理されているので確認できていないのが現状です。
確認できていない以上、誰にも罰を与えることなどできるはずもありません。
そもそも誰が主導しているのかすら、未だ把握できていないのです。

「活動自体が巧妙に隠されていますからね」
「いつか絶対つぶしてやる」
「そう願っておりますよ」

執務室に王太子殿下と宰相補佐のため息が広がるばかりでした。

(2025/10/19)

To be continued.