二周年記念企画:ハルさまリクエスト
Side 直樹
11月も半ばのこのごろ、琴子は何か隠し事をしている。
俺はなんとなくカレンダーを見る。
ああ、なるほど。
もうすぐ結婚記念日がやってくる。
何事か秘密でやろうとしているのか、それを俺に隠し通せると思っているところが琴子らしい。
それでも何も言わない。
何も関心のないふりをする。
そのうち我慢できなくなって自分から言ってくるに違いない。
なんだかんだと言って、琴子の計画するたわいもないことを楽しみにしている。
それは口にすることはないが、きっと琴子には伝わる。
そう思っていた。
* * *
「あ、入江くん。あたし、21日の日に用事があるから、帰ってくるのは夜になると思う」
「あ、そう」
「ごめんね。大事な記念の日なのに」
「…ああ、結婚記念日だっけ」
関心のないふりを装ってそう答えた。
答えた後で琴子の後姿を見る。
よりによって21日に出かけるとは、いったいどんな用事があるんだよ。
そりゃ俺だって仕事があって、早く帰れないのはわかりきっている。
いつも記念日にすっぽかしたりして悪いとは思う。
それでも、琴子が覚えているから、俺は安心して家に帰ることができるんだ。
「モトちゃーん、今度のことなんだけどー」
そう言って、ナースステーションの向こうにいた桔梗に駆け寄る。
「走らないでよ、こんなところで。ろくなことにならないから」
桔梗はチラッと俺を見て眉を寄せた。
今度のことって、21日のことかよ。
そう思ったのが顔に出たのか、桔梗は肩をすくめて慌てて目をそらした。
* * *
「お兄ちゃん、今度のことなんだけど」
「今度って何だよ」
どいつもこいつも今度今度って。
「あら、21日にのことに決まってるじゃない」
「それがどうしたんだよ」
朝食の席でおふくろがそう言ってきた。
「あら、聞いてないの?」
「何がだよ」
「琴子ちゃんが今年はお祝いいらないからって」
「ふーん、別にいいんじゃない」
「二人でお祝いするつもりなのかしらね」
「さあ、知らねーよ。用事があるから帰るのが夜になるってあいつも言ってたから」
「あら、そうなの。じゃあ、お兄ちゃんと出かけるんじゃないのね」
「俺も仕事だから」
「そ、そう?じゃあ、誰と出かけるのかしら」
「ごちそうさま」
俺はさっさと引き上げて出かける支度を調えることにした。
Side 琴子
「ねえ、入江さん、怒ってなぁい?」
「さあ、そんな風には見えなかったけど」
「そ、そう?」
モトちゃんは恐ろしげに首を振った。
入江くんは21日のことなんてあまり気にしていないかもしれない。
だって手術の予定表を見たら、しっかり入ってるし。
それも何時間かかるかわからない消化器癌。
胃だけじゃなくて、きっと腸とかも切除しなくちゃならないだろう大手術。
いつに終わるかわからない手術終了時間。
入江くんの付く手術室の後の予定は真っ白。
ということは時間がかかるってこと。
だから、今年は入江くんにも内緒で計画を進めるの。
モトちゃんにも手伝ってもらってね。
モトちゃんはいつもあたしに協力してくれる。
なんだかんだと文句も言うけど、結局手伝ってくれるんだから。並みの女の子より友情に厚い。
理美やじんこも忙しそうだったので、モトちゃんに頼んだら何とかO.Kしてくれた。
入江くんが仕事で疲れて帰ってきても、たとえ帰って来れなくなっても、お祝いできるといいなって。
Side 幹
琴子ってば鈍すぎ。
入江さんの怖い顔。
気にしてないなんて嘘に決まってるじゃないの。
やぁだ、何であたしがにらまれなくっちゃいけないのよ〜。
もう、本当に琴子に協力するのやめちゃおうかしら。
「モトちゃん、言っちゃダメだからね」
ヤダワ、変なところで勘のいい娘。
あたしってばいい人だから、しゃべっちゃダメって言われると、貝のように口を閉ざすタイプなのよねぇ。
あらやだ、困ったわ。
でも、入江さんたら、きっと琴子の前ではあくまで気にしないふりなのね。
結局、あたしってば当てられ損?
* * *
「桔梗、また琴子が何か迷惑かけてたら悪いな」
仕事の終わりに入江さんがあたしに言ったの。
んまあ、琴子のためならあたしにわざわざ探りをいれに来るって言うわけ?
あたしはちょっと考えて、つい言ってしまったの。
「い〜え、いつも琴子は一番に相談してくるから、放っておけなくて〜」
もちろんそのセリフの間に「入江さんのことについて」というのが入るわけだけど、そんなことに入江さんが気がつくかしら。
「くだらないことだったら、放っておいてくれて構わないから」
…ですって。
残念なことに入江さんのことになると目の色を変えて突っ走るあの娘を放っておけないのも本当。
ああ、あたしってば人がよすぎるわ。
(2006/11/29)
To be continued.