注:これは[Start in my life]の「3」の中の狭間の話です。
あの話のイメージを大事にしたい方は読まないことをお勧めいたします。
琴子 6.1
入江くんのキスを受けながら、あたしは涙が出そうだった。
どうやったらあたしを忘れないでいてくれるだろう。
あたしは忘れられそうにない。
毎日入江くんを思い出してしまうだろう。
入江くんのこの唇もこの腕も手も、遠く離れていってしまうのに。
入江くんの手があたしの身体を優しくなでる。
お願いだから、忘れないで。
あたしのこの髪も目も唇も
全部入江くんのものだから。
入江くんのキス一つであたしの心臓は跳ね上がる。
入江くんの身体を強く抱きしめる。
この肩も胸も忘れたくない。
あたしは泣きながら口づける。
入江くんの唇に肩に胸に。
入江くんの視線を感じる。
いつもなら手で覆って隠してしまうけど、今日は隠さない。
入江くんにあたしを忘れないで欲しいから。
ぎゅっと抱きしめたまま、離れたくない。
入江くんはいじわるだから、頭がいいのにわざと忘れることもある。
入江くんはいじわるだから、あたしが欲しい言葉の半分も言ってくれない。
でも、入江くんは優しいから、息もつかせないほどのたくさんのキスをくれる。
直樹 6.1
忘れるわけがない。
肌の上に手を滑らせる。
忘れられるわけがない。
琴子の小さな声も逃さない。
こんなふうに俺を煽ることができるのは、琴子以外にいないのに。
自分でも時々おかしいのかと思う。
他のどんな女の身体を見ても、どんな欲情も思い起こさないというのに。
琴子が泣くと、もっといじめたくなる。
「ん…入江くん」
そんな声を聞いただけで、どうにかなっちまいそうなのに。
首筋から胸にかけて唇を滑らせると、いつもならすぐに手で胸の前を隠すくせに、今日は目をそらしただけで隠さない。
両手をつかんで胸の前を広げさせるのも悪くはないのに。
今日はまだベッドの脇の明かりをつけたままで、琴子の身体が照らし出される。
白い肌はベッドの明かりでほんのりとオレンジ色。
じっと見ていたら、琴子が痺れを切らしたようにとうとう手を身体の前でクロスした。
「…入江くん、もう、恥ずかしいよ」
「なんで?」
「なんでって、…そんなに見ないで」
「明日から見られないと思うと、見たくなるんだよ」
「もう、だめ」
そう言うと、琴子はそのまま後ろをを向く。
背中と尻をさらして、ダメもないだろ。
背中に口づけて、背筋をなめ上げる。
「ひゃあ〜」
およそ色気のない悲鳴があがる。
思わず笑う。
「や、もう、からかってるんでしょう」
枕に顔をうずめたまま頭を振っている。
髪が広がり、背中を覆ってしまう。
「後ろを向いたら逃げられるなんて思っていないよな」
その背中の髪を自分のいる方とは反対側に流し、脇から手を入れる。
「え、ちょっと」
何か間違いを犯した子どものように、琴子は慌てる。
「んんんっ」
脇から入れた手は、片方は胸に、片方は下の茂みに。
口はもう一度背中に。
こうなると琴子にはまともに話す暇もない。
そんな風に抵抗されればされるほど、俺は琴子を泣かせたくなる。
潤んだ瞳が俺を熱く見る。
「もう…」
少し怒った風な声で俺の腕の中で身体をよじる。
「…これは気に入らない?」
「だって…」
「へぇ、こんなに濡れてるのに?」
ささやくと耳まで顔を赤らめた。
「もう、そういうこと言わないで…」
枕に顔をうずめるように目をそらした。
その耳朶を甘噛みする。
途端に体がよじれ、腕の中で跳ねるように動く。
息は少しずつ上がっていき、水音が響く。
敏感な部分だけをゆっくり擦る。
中へ入れないで指を滑らせる。
うずめていた顔が左右に振られ、乱れた髪の間から瞳がのぞく。
「も、もう…」
「何?」
ずっと顔を眺めているので、シーツに顔を押し付けるようにして目をそらしている。
「…い、やっ…」
「…嫌なんだ?じゃあ、やめるか」
すっと手を引くと、深く息をつく。
うつぶせのままくぐもった声がした。
「…いじわる」
「言えよ、もっとして欲しいって」
俺はそう望んでいた。
もっと俺を求めて、もっと離れられなければいい。
明日から離れなければならないのに。
離れさせなければならないのに。
…矛盾している。
琴子6.2
入江くんに触られて、どうしようもなく身体を熱くさせる自分がいる。
あたしっておかしいのかな。
いまだに時々思う。
それが自然なことだとわかってきたけど、経験不足はどうにもならない。
自分から抱いて欲しいなんて、とても言えない。
自分からして欲しいだなんて、もっと言えない。
でも、入江くんはいじわるだから、あたしができそうもないことを口にする。
中途半端にあたしを気持ちよくさせて、あたしが抱いて欲しがるのを待っている。
明日から入江くんはいないのに、こんなに入江くんに夢中にさせて、本当に入江くんはいじわるだ。
あたしはシーツのしわを気にしながら考える。
恐る恐る入江くんの顔を見て、どうしようかと様子を伺う。
入江くんは切なげな目であたしを見ていた。
…ああ、多分、入江くんもあたしが欲しいのね。
だって、今夜だけ。
明日にはあたしたち、一人きりの夜を過ごすんだもの。
次に会えるときまで、ぬくもりもやさしさも分かち合えない。
あたしを求めてくれること、それがうれしくて、つい誘いを断りきれないあたしがいる。
眠くても、誰かが来そうでどきどきした場所も、ほんの短い時間でも、あたしは入江くんとならいつだって求め合った。
だからあたしは口にする。
「…本当は、抱いて欲しいの」
直樹6.2
一瞬耳を疑った。
琴子の口からそんな言葉を聞くとは思っていなかった。
せいぜい焦らした挙句、何も言えずに抱きついてくるくらいのものだと思っていた。
俺はその言葉だけで十分満足だった。
何も言わずに唇を求める。
求めた口づけは激しさを増し、舌を絡ませ、蹂躙する。
「…入江くん」
濡れた唇で俺の名を呼ぶ琴子。
どうしてだろう。
もっと困らせたくて、もっと泣かせたくなるのは。
琴子、琴子、琴子…。
何も言えない。
ただ名前だけが唯一口にできる言葉。
それすらも素直に唇には乗らない。
無言で身体をむさぼる。
ゆっくりとめり込ませた指は、柔らかな場所をさまよい続ける。
唇は白く盛り上がった頂を探り当てる。
口に含んだ途端に指が締め付けられた。
「ああ…んん…!」
少し間をおいて、ぐったりとした身体をそのまま抱きしめる。
琴子の気はいったかもしれないが、俺はまだなんだ。
そんな思いで抱きしめる。
琴子6.3
入江くんに触れられただけでもうだめなの。
一人で気持ちよくなっちゃって、恥ずかしくなってまたうつむく。
身体全部が入江くんのためにあるようで、あたしはいつも手のひらで踊らされてるみたい。
そんなこと入江くんにはとても言えないけど。
あたしいつもどんな顔してるのかな。
変な顔、していないかな。
とても自分の顔は見られない。
入江くんの顔も見られない。
だって、入江くんの顔見てると、何だか切なくて、胸がどきどきして、ずっと名前を呼びたくなっちゃうんだもの。
あたしの名前を呼ぶときの声も好き。
眉根を寄せる顔も好き。
キスをしてる合間の目も好き。
もちろん唇も。
その唇から出てくる言葉は意地悪なのに、触れてくる指先はとても優しくて好き。
入江くんと抱き合ってる時だけ、声に出さない言葉が聞こえてきそうだよ。
あたしのこと大好きって言ってくれてるって。
普段なかなか言ってくれないから、指を絡ませて確認する。
言葉にしない想いを伝えて?
あたしが触れてもいいの?
あたしなら触れてもいいの?
この唇はあたしだけのものね?
そんなことを確認する。
直樹6.3
温かい身体を抱きしめ、それでも物足りなくてまさぐる。
外はまだ寒い春先。
次に会えるのはいつだろう。
若葉が出る頃か、暑い日ざしの頃か。
冬眠から覚めたように琴子は目を開けた。
その唇から漏れるため息。
「入江くん、キス、して」
俺の頬を両手で挟み、いつになく積極的に唇を近づける。
「キスだけでいいのか?」
そしてまた意地悪な質問。
一度閉じた目を開けて、俺の瞳を覗き込む。
「だって、まだ…」
それだけ言ってまた目を閉じる。
いつも大きな瞳で見つめる目。
すぐに染まる頬。
とんでもない勘違いを聞き取る耳。
そして俺のために開かれた唇。
次々に口づけて、また身体に戻っていく。
髪に隠されている首とうなじ。
仕事のときは髪をまとめるので、襟よりも上に印をつけないでと何度も言う。
襟より下ならいいのかと、真夏にわざと胸元につけたら、絆創膏を貼っていたっけ。
そんなことまで思い出す。
最近肉がついたとうるさいウエストと大腿。
密やかな哺乳類の証。
くすぐったそうに身をよじる。
狭間の熱は引くことがなく、熱く潤ったままだ。
全てに口づけても物足りない。
どこまでも貪欲に求め続ける。
琴子6.4
キスしても、キスしても、まだ足りない。
今日はうんと欲張りになろうって決めたの。
ずっと離れたくない。
そんなことを言えば入江くんが困るので、口には出さない。
出さないけど、身体は離れない。
入江くんの胸に強く口づける。
あたしがつけた印。
あたしの代わりに入江くんを見張って。
あたしを思い出して。
あたしを抱きしめて。
あたしの夢を見て。
何度でも言葉にする。
もう聞き飽きちゃったかもしれないけど。
大好きだから。
愛してるから。
本当は、あたしと離れて落ち込んだ入江くんを見てみたい。
やっぱりお前がいなきゃダメって言って欲しい。
お前がいなくて寂しいって言うのを聞いてみたい。
ちゃんと勉強して帰ってきて欲しいけど、勉強も手につかないって思って欲しい。
ねえ、そんなこと考えてる女なの。
そんなずるい女なの。
でもね、だからこそ言わない。
だって、裏を返せば全部自分の気持ちなんだもん。
全部わがまま。
わかってる。
だから、今は抱いていてね。
私と離れるのが寂しいって、嘘でも口にして。
直樹6.4
一度達した身体は、すぐに熱さを取り返した。
溢れ出る蜜は足を伝っていく。
「や、ねぇ、また変になっちゃう…」
いまさら足を閉じて抵抗しようとする。
足を閉じるので、指は溢れ出た蜜を塗りつけるように滑るだけになった。
それが余計に刺激になったのか、またも琴子はそれ以上言葉を口にすることができず、ただ吐息と喘ぎだけを繰り返す。
「あ…もう…」
少しすねた口調で手を止めようとする。
だからわざと敏感な部分を触るのをやめて、大腿へと手を伸ばす。
片手は胸の先へ。
高みへの途中で急に焦らされた琴子は、赤い顔でほっとしたような、残念そうな複雑な表情をしている。
「今、ちょっと残念だなって思っただろ?」
「お、思ってないもん」
あまりにも即答。
逆に思っていたと告白したようなものだ。
「へー、じゃあ、このままやめる?」
「え、そ、それは…」
「なんだよ」
「………」
「…聞こえない」
「…ちゃんと、抱いて]
泣きそうな顔をしている。
「自分で言ったんだからな、責任取れよ」
それだけ言って、舌先は身体を滑り降りる。
琴子6.5
口に出していったら、入江くんはにやりと笑った。
入江くん、あたしがそう言うだろうって待ってたんだもん。
恥ずかしくって泣きたくなった。
責任取れよって…どんな責任?!
そう思っているうちに、入江くんにまた心も身体も乱される。
口にしたこと、もう後悔し始めてる。
でも、だって、入江くんに抱かれたいんだもん。
何だか中途半端だし…。
…まだ入ってないし。
あ、あたし、いつもそんな風に思わないんだけど。
…けど、明日から入江くんいないんだもん。
今日はいいよね、そんな風に思ったって。
そんな風に思うこと、きっと見透かされてる。
知っててそう言うように仕向けるところがいじわる。
でも、そう言って欲しいって、入江くんも思ってるってこと?
チラッと入江くんを見たら、まぶたにキスを落とされた。
「泣くほど抱いてやるよ」
…なんてささやかれてしまったあたしは、うれしいんだか怖いんだか複雑な気持ちだった。
そんな風に言われなくたって、もう半分泣いてる。
直樹6.5
もう涙目。
うれしいんだか、怖がってるんだか、どちらか知らないが、嫌がってるわけじゃないことだけわかればいい。
ああ、恥ずかしがってるっていうのもあるか。
結婚してから何度抱いても変わらない。
それでもさすがに感度は良好。
もちろん感じるところを探った結果ではあるけど。
もう少し焦らしてみようか。
もうすでに琴子のほうは茹で上がったみたいになっている。
これ以上焦らすと本当に泣き出しかねない。
それでも、だ。
もっと俺を求めればいい。
もっと感じればいい。
舌先で刺激した快感の芽は、あっけなく琴子をまたもや頂点に連れて行ってしまった。
荒い息を整えながら、琴子は涙目のまま「えい」とばかりに俺のを握った。
多分自分ばかりで悔しかったのか、反撃のつもりらしい。
俺のそれはしっかりと琴子の手の中に。
琴子も握ったはいいが、それ以上考えていなかったらしく、俺の顔を見て「えーと」とつぶやいた。
バカなやつ。
そんなことをしても俺が喜ぶだけだってわからないのか。
冷や汗が垂れそうなその顔を見て、俺はどうするのか見守ることにした。
(2006/11/20)
To be continued.