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side 琴子
あたしはいろいろな気持ちと一緒に翻弄され続けていた。
恥ずかしいのに気持ちがいい。
自然に声が出るのを止められない。
もう入江くんに隠す場所なんかなくなったみたい。
もう全然余裕もなくて、入江くんとシーツにしがみつくばかり。
それでも時々目を開けると、入江くんの程よくついた筋肉が動くのがわかる。
男らしくてどきどきする。
それに人肌って、なんて気持ちがいいんだろう。
あたしはそれだけでもうっとりしてしまう。
「…琴子」
今から入れるぞって感じで名前を呼ばれる。
…痛いってどれくらい痛いのかしら。
もう覚悟していたつもりだけど、緊張して声が出ない。
「そんなに緊張するなよ。むしろ力を抜いてくれ」
そう言われても、無理っ。
だって恥ずかしいし、初めてなんだもの。
どれくらい痛いかわからないし。
それに、それに…こんな格好じゃないとダメなのっ?!
へ、変じゃないの?!
いよいよって時なのに、あたし、そんなバカなこと考えていた。
真っ赤な顔でそう訴える。
入江くんは小さく笑ってあたしの髪を払う。
「大丈夫だよ…」
「うん」
キスをされて、返事した途端にぐっと息が詰まる。
「いっ…」
痛いって叫ぼうとしたの。
でも、入江くんがあまりにも心配そうだったので、そこで言葉を飲み込んだ。
でも、やっぱり痛いの。
思わず涙がポロリと出た。
「もう…少しだ…」
うん、入江くん。
でも、本当に痛い…。
足の小指をぶつけるのとどっちが痛いかしら。
そんなことまで考える。
だって、そうじゃないと叫んじゃいそうだったんだもの。
最後の痛みをあたしは何とかこらえる。
不意に入江くんの動きが止まって、あたしは目を開けた。
「い、入江くん…」
「…ひとつになったんだよ、俺たち」
「うん…うん」
ぎゅっと入江くんの身体を抱きしめる。
あたし、入江くんと結ばれたんだぁ…。
ただそれだけなのに、もう痛みは少しずつ遠のいているのに、今度は涙が止まらない。
「まだ泣くには早いぜ」
入江くんがそうささやいて、涙を唇ですくってくれる。
そしてゆっくりと動き出す。
それはまた新たな痛みを伴って、あたしの上に舞い降りてきた。
「まだ、痛いだろうけど…」
た、確かに…。
でも入江くんも少し苦しそう。
眉根を寄せた顔に、あたし、胸がきゅんと痛くなった。
こんな風に痛むのも悪くないかなって。
入江くんのこんな顔、きっと他の人は見ないよね。
そう思って入江くんの顔を見ていたら、
「…余裕じゃねぇか」
入江くんはそう言ってにやりと笑った。
いえ、そんなわけでは…。
その意地悪そうな笑いに、これから起こることを思って少し震えた。
それなのに。
それなのに、どうしてあたし嫌じゃないんだろう。
side 直樹
あまりにも心配そうな顔をしていた琴子だったが、痛みにも耐えて俺に笑いかける。
しかも泣いているから、痛くて泣いてるのか、結ばれたことに対して泣いてるのか、さすがの俺にもわからない。
どちらにしてもこのまま終わるに終われないしな。
俺は動きを止めてしばらく待っていた。
止めているのに、こみ上げてくるものに耐えなければならないなんて、ある種の拷問だな。
それでも少しずつ動き始めながら様子を見ていると、琴子はまじまじと俺の顔を見ている。
額に汗している俺を見て、そんな欲情したような顔すんなよ。
それほど余裕があるならもう少し動いても大丈夫そうだな、なんて、少し意地悪な考えが頭に浮かぶ。
今日だけは意地悪しないでおこうと思っていたのに、やっぱり無理かもしれない。
「いくぞ」
そう声をかけたら、
「いくって、どこへ」
と間抜けな返事が来た。
苦笑しながら、あちこち刺激をして様子を見る。
「やあっ…んっ」
また息の荒くなってきた琴子を見下ろしながら、俺はまた腰を動かした。
どちらの刺激に酔っているのかわからない様子で琴子は短くあえぎだした。
多分まだ痛むのだろう。
それでも確実に快楽の芽は育っているはずだった。
痛そうにしかめてばかりいた顔が緩み、その口から空気を求めるように声があふれ出す。
そんな声さえも刺激になること、俺はようやくわかった気がする。
そして俺の思考も停滞する。
こんな快楽の波の中でものを考えるのは身体によくない気がする。
シーツばかりを握り締めている琴子の手は、時々俺の身体を求める。
身体を起こしているので届かないとわかると手は宙をさまよう。
その手を片手でつかみ、もう片方は身体を抱きしめる。
琴子の片手もようやく俺の身体に触れることができたとでも言うようにしっかりと背中に回る。
そしてそのまま快楽の波の頂点を目指すことにした。
side 琴子
あたしはつかみどころのない手をもてあましていた。
どこかをつかみたいのに、何もなくて、時々入江くんの身体に触れるけど、つかみきれない、そんな感じ。
このままどこかへ行ってしまいそうで、少し不安だった。
入江くんの手があたしの腕をつかむけど、あたしの手のひらには握るものがない。
それが寂しくて、手近にあったシーツを握りしめていた。
どこかに飛んでいきそうな感覚の中で、ようやく入江くんがあたしの手を握りしめてくれた。
そして一緒に行こうというように抱きしめてくれた。
あたしはようやくわかった。
あたしたちは二人で一緒に漂っている。
着地できる場所を求めて浮かんでいる宇宙船のように。
うん、入江くん。
入江くんと一緒なら怖くない。
あたしは入江くんにしがみついたまま、着地を目指した。
そのときにはもう、自分がどんな声を出しているかすらわかっていなかった。
でも、まるで空気のない宇宙にいる感じ。
「い…りえ…く…ん」
あたしのかすれ声なんて聞こえなかったかもしれない。
それでも入江くんの口元があたしの名を呼んだ。
ああ、なんて幸せなんだろう。
好きな人に抱かれるって。
そして、その人があたしを好きでいてくれること。
好きが愛に変わるのは、きっとこんな瞬間かもしれない。
やがて、入江くんの身体が震えた気がして、もっとぎゅっとその身体を抱きしめた。
散らされた赤いしるしに、あたしは誇らしい気分だった。
入江くんもあたしをぎゅっと抱きしめて、「愛してる」とささやいている。
泣きたくなるほど愛しい人。
幸せを計れるハカリがあったら、その日のあたしは世界一幸せだったはず。
だって、入江くんがあたしを愛してくれたんだもの。
あたしはこの日を一生忘れないから。
絶対に…。
side 直樹
あの雨の中、琴子を手に入れたと思った。
でもそれは思いが通じ合っただけのこと。
そういうことに疎い俺は、キスする暇もないくらい仕事に追われて気づいた。
それって、ただの気持ちだけで、琴子はまだ手に入っちゃいないってこと。
ところが琴子ですら思いが通じ合ったことに浮かれて、その先は考えていなかった。
次第に琴子に触れられない自分をもどかしく思っていた。
結婚式の打ち合わせにエステにと、おふくろに言われるまま連れられて出かける琴子。
俺との結婚式のためにと思えば我慢もできた。
おふくろはここに来て何の冗談か、結婚式までほとんど琴子と接触させないように図ってきた。
遅く帰ってこれば、琴子は疲れて先に寝ている始末。
早く帰ってきても結婚式の打ち合わせで出かけていた。
イライラしながら事の成り行きを見守っているだけの俺。
その思いを知ってか知らずか、琴子は無邪気に笑いかける。
まるで拷問だった。
思いを通じ合わせたはずの俺たち。
一つ屋根の下に住んでいるはずの俺たち。
いまどき高校生だってもう少し先に進んでいるはずの関係。
結婚式はまたもやおふくろの策略で、俺は怒り狂って不貞寝する羽目に。
プライドが邪魔をして素直に琴子を抱けなかった。
新婚旅行に来てまでキスする暇もなかった。
やっと結ばれたんだぞ、俺たち。
隣ですやすやと眠る琴子を眺める。
いろいろなことがあって多分疲れているだろう。
おまけに初めてで、緊張したりして、痛い思いもさせた。
それでも、今までの俺の我慢を考えたら、もう少し欲張ってもいいと思わないか?
頬に軽くキスをすると、琴子は寝たまま微笑む。
起きているのかと疑いたくなる。
そう、夜が明けるまでにはまだもう少し。
意地悪な俺は、眠る琴子を起こしにかかる。
明日からまた仕事の毎日だ。
少しはわがままを言っていいだろう?
お前が今日を忘れないように、俺もきっと忘れられないだろう。
変なプライドを捨てたら、自分の欲望が果てしないことに気づいたこと。
何よりもお前を愛していると実感した日だからな。
SWEET SWEET SWEET−Fin−(2006/10/17)
加筆修正(2006/10/23)